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今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

一日一日を大切に生きるためのevernote

考察 生活 IT

3月の大震災によって、当たり前のように享受していたことが、実は当たり前の事でもなんでもなかった。そんなことを感じた方は少なくないでしょう。僕もその一人です。

新日本プロレスが魂込めて試合をやったことを実感

 先日プロレスを見に行ったのですが、試合前にアナウンスがありました。非常階段のアナウンス、緊急地震速報が携帯に来ても決して慌てないでその場にじっとすること、そして会場のある文京区で震災アナウンスがあった場合は、一時試合を中断し、震度5以上だったら試合中止。アナウンスでそんなことを告げられました。結果的には地震もなく、棚橋がIWGP王座を防衛したり野上アナコールなど、大盛り上がりで興業は終わりました。しかし、試合前のこのアナウンスはいまだに僕の心に引っかかっています。
 無事に最後まで興業ができる保証は、どこにもないんだ。そんなことを言われている気がしました。それだけに「新日本プロレスは魂込めて試合をします」という最後のアナウンスが心に響きました。

1日1日を大事に生きていくために

 自分はいつ死んでもおかしくない。当たり前の話だし、当たり前過ぎて普段我々はそんなことは全然意識しないで生きています。その意識がぐらついたのが、3月の大震災でした。それ以来、1日の出来事を振り返ることが多くなりました。今日のご飯は美味しくできた、仕事はイマイチで途方に暮れた、気になる本を見つけた、そして今日という1日をきちんと生きることができたか。
 今はこんな風に振り返っていますが、こういったことは時間が経つにつれて風化し、また元通りの忙しい日常に戻るのだと思ってます。だからこそ、意識がぐらついている今、元通りの忙しい日常に戻る前に習慣だけでも残して置きたいと思いました。そう思った理由は、習慣を残すことができれば、1日を振返るためにこの気分に戻ることができると思うからです。
 その「気分も含めて」1日を振り返るためのツールevernoteなのだと僕は考えています。

本格的にライフログとしての運用を開始

 そのことに気付いてから、evernoteライフログを今以上につけるようになりました。foursquareのfeedをevernoteに連携させて、できるだけチェックイン。食べたものはとりあえず写真、気になったことはとりあえずメモ、家事などの計測結果もメールでevernoteに連携、忘れちゃいけない、読書感想文も。とにかく何でも放り込むようにしました。整理方法はまだ固まっていないので、これから考えます。
 いまノートを見返してみたら、今朝の勉強会の感想、foursquareのチェックインの記録、「戸締りした」というメモ、昼飯の写真、夕飯の写真とレシピ・作った感想、法事の時に使った数珠をしまった場所と、とにかくいろんな自分のログが残っていました。
 不思議なことに、何の変哲もない写真やメモなのに、眺めていると少し楽しい気持ちになりました。

自分の人生を愛するためのevernote

 「ライフログをつけるのは、自分の人生を愛しているからです!」

 僕はこの言葉は名言だと思います。*1ほとんどの人にとって、僕が何を食べたかとかどんなことを感じたかなんて、正直どうでもいいことです。そもそも人はそこまで他人に関心は持てないと僕は思います。だったら、ますば自分が自分の人生に関心も持とうじゃないか。そう思いました。
 そうして一つ一つ記録して見返していくうちに、昼に食べたものやちょっとした話などの些細なことが、大切な楽しいことだと思えるようになりました。卒業アルバムは入学から卒業までのアルバムですが、evernoteはやろうと思えば自分の人生のアルバムを作ることができるのです。*2evernoteを何に使うか試行錯誤してましたが、大方針は決まりました。ライフログとしてのevernoteです。


 まだ運用を始めたばかりであやふやな部分もありますが、以上がevernoteライフログを取ろうと決めたあらましです。何かの参考になれば幸いです。
 それでは、また。

執筆時間:49分35秒

*1:しかし間抜けなことに、出典をド忘れするという体たらく。evernoteにもグーグル先生に聞いてもわかりませんでした……。

*2:だから絶対サービス停止しないでevernote、と祈るしかありません。