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今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

原発事故という名のパンドラの箱

 胸が痛くなるニュース。
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110414k0000m040137000c.html

 記事の中で、市教委が挙げている対応方針が悲しいです。

 市議の指摘を受け、船橋市教委は3月28日「(放射能への)大人の不安が子どもたちにも影響を与え、冷静な対応がとれなくなることが危惧される」として、避難児童に「思いやりをもって接し、温かく迎える」「避難者の不安な気持ちを考え言動に注意する」よう市立小中学校長らに通知した。

 おそらく効果は薄いでしょう。避難者だけじゃなくて、受け入れている側も不安な気持ちになっているという発想が欠けているからです。

まずは不安を取り除くための教育

 この記事には一番大事な事が書かれていません。自明のことだからわざわざ書かないのかもしれませんが、こういう事例が発生している以上、「被曝した人の近くにいても、自分が被曝することは無い」とはっきり書くべきです。記事でも以下の通り述べています。

放医研の柿沼志津子博士は「大人をまず教育したい。受け入れる側が心配すべきことは何もありません。むしろ心配しすぎる方が体に悪い」と指摘。「放射線について正確な知識に基づき、『正しく怖がる』ことが大切です。もっと勉強してほしいし、私たちも理解を深めてもらえるよう努力しなければならない」と話す。

 まずは大人から、というのはその通りだと思います。情報が錯綜しており、様々な誤解も発生しています。この記事と似た話で、「福島ごみ「受け入れるな」 川崎市に苦情2000件超」という記事もありました。根っこは同じ話でしょう*1

 こういった偏見をなくすためには、前述したとおり正しい知識を広めることが必要です。しかし、その一方でこの兄弟については、放射能の話は「たまたま」に過ぎないんじゃないかとも思いました。記事を読む限りでは、どのように避けられたのかわかりません。児童が半泣きになりながら本気で怯えて「お前くるなよ!!」と意味で避けたのか、からかい混じりに「くんじゃねーよ」と避けたのか。
 もし後者だったら、教育によって偏見を取り除いたとしても、おそらく問題は解決しません。放射能がどうこうじゃなくて、いじめの話だからです。

原発事故はただのきっかけ

 誰か気に食わない人をバイ菌呼ばわり、というのは昔からよくあるいじめの手段です。言い方を変えれは、今まで起こっていたことが、放射能というキーワードを通してより鮮明に見えるようになった、とも言えるでしょう。原発事故が起こらなかったら、記事に書かれているこの兄弟はこんな目に遭わなかったかもしれません。でも、その場合はきっと別の子供が(あるいは、やっぱりこの兄弟が)心無いことを言われて傷ついたりしたのだろうと思いました。
 原発事故はまだ収束する気配がありません。きっと今後も放射能がらみの事件や被害・ニュースが出てくるのでしょう。ですが、きっとそこにはこれまで見てこなかっただけ、あるいは大して意識していなかった「今までもあった」問題が横たわっている。僕はそう思っています。

それでは、また。

執筆時間:52分02秒

*1:白状すると、この受け入れるなという苦情は正しいのかどうか判断できません。ゴミが汚染されており、燃やすことで大気中に広がり影響が出やすくなるのであれば、反対するのはわかります。