今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

モノの見方を知ることは自分自身を知ること - 「脳の右側で描け」ワークショップ参加記録

「脳の右側で描け」のワークショップに参加しました*1

 もともと絵を書くのは大嫌いで、美術はだいたい最低点でした。そのこともあり、仕事は芸術系とは対極にある(と考えていた)コンピュータ関係の仕事につきました。プログラミングはロジックとか論理学に近いところで、それは得意分野だったので何も問題はありませんでした。しかし、最近になってユーザーが使うシステムの画面設計、さらにはシステムの仕様書ではなく提案書や見積書といったドキュメントの作成が仕事の中心になってきました。これらの仕事では図解がほぼ必須ですが、図をどう描いていいかわからない、バランスが悪いとか色彩がおかしいなど、自分でもおかしいのはわかっているけど、どうすれば正解にたどり着けるのかわかりませんでした。
 そんな時に知ったのが、ワークショップの表題にある「脳の右側で描け」。しかし本とワークブックを購入し読んで演習を始めてみたものの、これで大丈夫なのかよくわからず自信が持てませんでした。これは誰かにきちんと教えてもらうしか無い、と思い参加しました。
結果、とても濃密な時間を過ごすことができました。

1日目:Rモードに入るための訓練と境界線を描く

 「目をゆっくり動かす」。現代人の普段の目の使い方は視線の動かし方がとても早く、それを補正してゆっくり視線を動かすという訓練です。視線を1mm1秒で動かし、1mm1秒で線を描く訓練。対象物をじっと見ながら輪郭を描きます。この時、手元は一切見ないことこの訓練は、分析的に対象を捉える左脳の機能をオフにして右脳を目覚めさせる(講義の言葉で言えば「R(Right)モード」にする)ためのものです。あくまでRモードにスイッチさせるための訓練なので、描いたものがよくわからない形になって無くても構いません。


 それぞれ、ベランダの落ち葉と万年筆を手元を見ないで描いた結果*2。。特に落ち葉は葉のギザギザが難しいだろうなと思っていましたが、実際にやってみたらそれが特徴になっててかえって描きやすかったです。おかしなことになっているだろうなーと思っていたら、思ったより原型をとどめていました。ただ、終わった後に結構頭が疲れてお菓子を食べずにはいられませんでした。


境界線を取るための訓練として、自分の手を書きます。まず、アクリル板に十字が書いてあるビューファインダーを使って、手の境界線を捉えます。

 このビューファインダーに描かれた輪郭を使って紙に描いていきます。紙にも同じように十字線を取り、線を描いていきます。立体的に描くにはどうしたら良いか、ということは全く考えず、ただビューファインダーに描かれたものをそのまま描くつもりで描きました(そもそも立体的に描く方法がわからなかったから、というのもありますが)。



 完成した絵を見て、立体的に描けていることにびっくり。ビューファインダーを使って輪郭を捉え、そこから線を描いていくことでこれだけ描けるのかと驚きました。
 左側が受講前に描いた絵。改めて見比べると違いすぎてて笑えます。


 1日目ホームワーク。逆さまになっている絵をそのまま描くという課題。細かいところがおかしいとウンウン唸りながら描いた結果。

 これをひっくり返してみたら、ちゃんと絵になっているのが驚きました。

 絵を模写しようとすると、普通は「上の線は眉毛でその下が目で鼻があって…」と分析的に対象を捉えます。しかし、逆さまになっている絵を模写するときはこの分析機能が働かなくなります。「ここが目で、服の折れた部分で…」と考えていたらとても追いつけないからです。分析をするより、線がどうなっているか、だけに注力して描くようになります。それが結果として、「見たまま描く」ことになります。対象を正確に理解して分析しないと描けないと思っていたので、この体験はとても新鮮でした。「ありのまま描けば良い」というアドバイスは昔美術の授業で受けた記憶がありますが、全く役に立たないどころかイライラしました。ありのままにどうやって描けばよいかがさっぱりわからなかったからです。しかし、この体験を通じて、見たままを描くというのが少しずつ理解できてきました。

2日目:ネガとポジを取る


 写真のように積まれた椅子を書きます。ただし、今回の目的はネガとポジを取ること。そのため、空間として見えているところ以外はすべて同一の者として捉えます。手を描いた時と同様にビューファインダーを使って輪郭とネガ・ポジの境界線を捉えます。そのファインダーを元に、画用紙に落としこんでいきます。


 実際に描いてみると、ポジ同士の位置関係が描いているうちにおかしくなってきたのに気づいて修正したり、だいぶ苦戦しました。うまくいかなかったら発狂しそうなくらいムカつきましたが、なんとかネガポジを合わせられると時間を経つのも忘れて描く事に熱中しました。そのせいか、描いた後のフィードバックでは急激に眠くなり、立っているにも関わらず寝そうになりました。*3


 このワークショップは5日間ですが、最初の2日間でこの「Rモードと境界線」「ネガとポジ」を行います。普段使わない脳を使うので受講生によっては階段でバランスを崩したり、といったことも起こるそうで、施設への宿泊強く勧められました。僕自身はそういうことはありませんでしたが、結果的に宿泊して正解だったと思います。受講後は全くtwitterを見たり呟いたり、あるいはテレビを見たりといったことを一切しませんでした。筋トレをした後に筋肉が痺れるような感覚になりますが、脳が筋トレをしたみたいに後部が痺れた感覚になって、分析的な情報はもちろん、視覚・聴覚といった感覚の情報も取る気になれなかったからです。


3日目:プロポーションをとる

 受講会場の任意の場所で、部屋の隅を描きます。ここでのポイントはプロポーション。鉛筆を持ちドアや梁のプロポーションを確認します。たまに絵を描く人が鉛筆を持って片目で何かを確認しているのはこれだったのかと納得しました。鉛筆でドアの幅や高さを確認し、ドア同士の比率を書き直したり。


 完成図。右側、特にドアと消火器扉はなかなかプロポーションが取れませんでした。ドアノブとか細かいとこもうまく描けずに不満だったのですが、受講前の自室の隅を描いた絵と比べると、上達具合が一目瞭然。絵を描くのが嫌いで嫌いで仕方なかったのにたった3日でここまで上手くなったのはさすがにびっくりしました。


4日目:光と影を描く

 今回描くのは耳と横顔。自分の耳は自分では見られないので、他の受講生の耳と横顔を描きます。大体5分ぐらいでモデルになる人と描く人が交代することもあり*4、集中を保つのが少し難しかったです。


 耳。実際にはもっと陰影は細かいんだけど、うまく表現できなくて苦戦しました。



 受講生の横顔。左は描き途中のもの。口と顎のプロポーションの取り方に悪戦苦闘しました。確か3回ぐらいは描き直しています。この時点では安西先生にしか見えませんでした*5。なんとか顎と口を描いた後は、時間の大半を髪の毛に費やしていた気がします。髪の毛が特徴的だったのでなんとかそれを表現したいと思ってました。


 こちらは他の受講生の方が描いてくれた僕の横顔。本人よりもだいぶイケメンに描いてくれました。お気に入りの一枚。

 この頃になると、絵を描くのが本当に面白くなってきました。まだ自分と描いたものに不満は残っているけど、もっと上手くなりたいと思うようになりました。「ヘタで仕方なくて嫌でしょうがないからなんとかしたい」と「面白くてもっと上手くなりたい」とは本当に雲泥の差です。このワークショップで多少は上手くなれたらと思っていましたが、正直後者のような気持ちになるとは思えませんでした。

5日目:自画像を描く

 最終日のテーマは自画像。「右手で描くか左手で描くか」を描く前に決めてから描きます。自分は右利きなのでこれまでずっと右手で描いてきました。ただ、これまで講義を受けてて、左手で描くことへの好奇心が次第に強くなってきました。今まですべて右手で描いてきたけど、左手で描くとどうなるのか。線はうまく引けるのだろうか。左手で描くと右脳がより活発化するのだろうか。わざわざ右手か左手か決めさせるというのは、左手で描くとなにか違うことが発見できるという意図が含まれているのだろうか。
 僕は左手で描くことにしました。


これまで学んだことを元に、鏡を見ながら輪郭を捉え、ゆっくり画用紙の地をなぞっていきます。途中、プロポーションがおかしなところが無いかチェックし、地を再度作ってもう一度捉え直します。



おおまかに輪郭ができたら、今度は顔の特徴的なところを埋めていきます。濃いところは眉毛・眼鏡・鼻の穴。光があたって明るくなってるとことは、額と耳の一部、右頬。境界がどこかじっと見て、練り消しゴムや鉛筆消しゴムで消し、濃いところは2B鉛筆、場所によっては4Bや6B鉛筆で描いていきます。髪の毛の質感や光のあたり具合の表現方法は難しく、消しゴムの角でちょっと消したり、6B鉛筆をいろんな風に持ってこうじゃないかな、と線を描いたり。



午後いっぱい時間を描けて描きました。5時間近く絵を描くというのは、これまでの自分にとっては苦行とか罰とかそういった類のものでした。しかし、この時は苦行でも罰でもありませんでした。自分の思った通りに描けないのは同じでしたが、線が違うのがわかるということ、それを直して線を近づけることができると信じていました*6。書き終わった後、もう何も視界に情報を入れたくないと思い、和室で横になって眠ったように目を閉じていました。何かを作っててこういう気分になったことは今まで一度もなく、ただ不思議な感覚に身を任せていました。



 受講前に描いた自画像との比較。作品の出来不出来はもとより、取り組んでいる時の気分も全然違いました。受講前の方は10分ぐらいで描きましたがその10分も苦痛で仕方ありませんでした。

分析をしないモノの見方

 先生は「ここで教えるのは絵を描くための技術ではなくモノの見方」と言ってましたが、その通りだと思います。普段のモノの見方が分析的なLモードとしたら、ここで学ぶのは分析をしないRモード。対象を理解するためには、自分が理解できるレベルまでブレイクダウンする必要があると思っていて、そのためには分析力をフルに活用する必要があると考えていました。しかし、ここで習ったRモードは違います。そのまま見ることは、分析をしないことであり、そもそも「分かる」「分からない」という判断より前の段階のレベルでした。モノを見るのに判断は必要ないどころか有害になることすらある。「色眼鏡でモノを見てはいけない」という言葉の意味が、よりよく分かるようになりました。
 絵を描いた後、先生や他の受講者からフィードバックがあるのですが、そこでは批判をせず、何を感じたかを中心に話しました。そうすることで、絵を描いていた時は気付いていなかったことに気付けたこと、他の受講者から全く思いがけない意見がもらえたり。結果として絵をとても上手に描けるようになったし、それ以上に絵を描くのがとても楽しいと思えました。

ワークショップを終えた後の新たなモノの見方

 ワークショップを終えた後のモノの見方は、いつもと同じようで少しだけ違っているように見えました。風になびく木の枝と葉、いつも携帯している家の鍵、すこし剥げているマグカップ、いつも見ているテレビのオープニングのちょっとした仕掛け、などなど。今まで見ていたはずの景色やモノなのに、意識に無かったところが見えるようになりました。この世界をもっと見たい、いつまでも、そしてよりもっと鮮明に。モノの見方が変わるというのはここまで新鮮な体験なのか、と。
 副産物ですが、絵を描くことで自分がモノを作るときの癖も発見できました。絵を描くときは、まず輪郭という全体を大雑把に捉えて、メガネや眼、眉毛など気になるポイントや好きなポイントはしっかり集中して描き、それからまた全体を補正していく。この絵の描き方は、自分が文章を書く時と全く同じプロセスでした。このブログ記事も、まず全体のアウトラインを大雑把に描いてから、感情とか描いたものに対する感想、気になったところを(時系列とか関係なく)一気に書いて、それから全体の構成を直しています。これがいいか悪いかは別にして、自分の癖なのだということはよくわかりました。仕事でも何かに取り組むとき、これを意識するかしないかで、(特に作業に対するモチベーションコントロールが)変わるんじゃないかと考えています。

 このワークショップで得たものはモノの見方です。それは世界を見る方法であり、過去や現在を通して自分自身を見る方法でした。絵を描くことが大嫌いだった自分が、ここまで絵を描けるようになるとは思わなかったし、何より絵を描くという行為が楽しいと感じたのは人生で初めてだったと思います。絵を描くという行為は今の自分にとって、世界にアクセスするための有効な手段の一つになっています。そういった手段を身につけることができたことが、本当に嬉しいです。

 本ワークショップに興味のある方は、公式サイトを御覧ください。次回は2014年12月とのことです。


 それでは、また。

決定版 脳の右側で描け[第4版]

決定版 脳の右側で描け[第4版]

決定版 脳の右側で描けワークブック[第2版]

決定版 脳の右側で描けワークブック[第2版]

*1:参加のきっかけになった小鳥ピヨピヨさんの記事も併せてどうぞ。

*2:写真は比較のために実物と絵を並べて撮影しました。描くときは手元が一切見えない位置に対象物をおいて描いてます。

*3:5日間のワークショップ中に船を漕いでいる受講生は思ったより多かったです。先生曰く「そういう人は結構出る」とのことです。

*4:椅子に座っているだけでも意外と人は動きます。プロのモデルでも静止できるのは20分程度だそうです。実際、自分も含め、動いていないように見えて実際には前後に動いていました。

*5:この途中の絵はなぜか他の受講生の爆笑をかっさらいました。モデルの本人も「試しにこれで描いてくださいよ」と言ってくださったのですが、結局普通に口と顎は描きました。

*6:実際にできるできないは別にして。