今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

30万人の自殺関係者を救うための10の提言 -映画「自殺者1万人を救う戦い」感想

2012年11月28日に駐日EU代表部の主催で開かれた、映画「自殺者1万人を救う戦い」に行ってきました。大変遅くなりましたが、感想を書きました。

映画の予告編:Saving 10,000−Winning a War on Suicide in Japan
(日本語字幕はこちらの紹介記事をどうぞ)
インタビュー記事:EU代表部職員のもう一つの顔は映画監督

※6/16 追記 全編がyoutubeで公開されました。是非ご覧下さい。


http://www.youtube.com/watch?v=oo0SHLxc2d0
作品紹介を引用します。

<作品紹介>
自殺をめぐる戦いにおいて、「敵」はいったい誰なのか。『自殺者1万人を救う戦い』は、日本の高い自殺率の真の原因究明に挑むひとりのアイルランド人の物語である。作品を通じて、日本のマスコミによる自殺報道のあり方、経済的な圧力、機能しない精神医療制度といった重要な問題が浮き彫りにされていく。制作者は、2年間を費やして第一線で活躍する専門家から一般人まで、100人近くの人物に取材し、日本がどうすれば自殺との戦いに勝利できるのか、具体的な方策を提示している。だが、自殺の話題がタブー視されている日本で、一体どのくらいの人が耳を傾けてくれるのだろうか。

インタビュー記事にも書いてある通り、監督のルネ・ダイグナン氏は現役の駐日EU代表部経済担当官です。その職務を務める一方で、調査、取材・撮影、編集にそれぞれ1年ずつ合計3年かけ、たった二人のスタッフでこの映画を完成させました。日本の自殺を取り巻く現状に突いて綿密に調査を行った後に、精神科医や経営者・タクシードライバーや元警官、さらには自殺未遂者など多岐にわたるインタビューを行い、そこから1年かけて編集。3年間かけて完成した映画は、様々な面から日本の自殺に関する諸問題に光を当てて提言を行う大変意義深い映画となっていました(言い方を変えれば、ダイグナン監督が映画制作を開始してから完成するまでの3年間、自殺に関する諸問題は一切解決されないままだったと言っていいでしょう)。

以下、映画の最後に示された「自殺者1万人を救うための10の提言」に沿って紹介、感想を書いていきます。

自殺者1万人を救うための10の提言

1:メディアは自殺をエンターテイメントとして扱うのをやめる
 日本のマスメディアが自殺を取り上げる姿勢はしばしば問題視されています。自殺報道については、WHO(世界保健機関)が「自殺事例報道に関するガイドライン」を出しており、「自殺に変わる手段を強調する」「遺書を公開しない」「自殺の理由を単純に報道しない」などの勧告を出しています。しかし、日本での自殺をめぐる報道はおおよそこの勧告を無視した報道ばかりです。有名人が自殺したら、遺書を真っ先に公開し、自殺の理由を報道しています。その方が視聴率がとれるからです。「自殺報道は安定した視聴率をとれるエンターテインメント」として扱うのをやめるべきだと、ダイグナン監督は批判します。


2:警察が積極的に音頭をとる*1
 自殺が起こった時、警察は何をしているのか。ほとんど何もしていません。正確には、自然死の時とあまり変わらない業務をこなし、遺族のケアや再発防止策などの実施はあまり積極的であるようには見えません。ダイグナン監督は、警察はもっと自殺防止について積極的に動くべきであると提言します。自殺防止の対策を実施する上で、警察は無くてはならない存在だからです。


3:保険会社は自殺者に保険金を払わないようにし、保険金目当てに自殺させない
 保険会社はなぜ自殺者に保険金を支払うのか。これではまるで、人の命をお金に換金しているみたいではないか、と。日本は自殺によって保険金がおりる珍しい国だが、自殺に対して保険金を支払うことは、結果的に自殺の幇助に繋がっているのではないか。


4:自殺について話す事をタブーとしない
1.と少し矛盾しているようですが、日本では自殺についての話題はタブーに近い扱いとされています。近親者に自殺者が出た場合、葬儀は密葬とし、その人の死因については一切語られないことが一般的です。自殺は腫れ物のように扱われ、疾しい思いを抱えてしまうこともしばしばです。その事が、自殺の原因を個人、あるいは身近な人に求める結果となり、社会全体の問題であると言う意識が薄くなるのではないか。私にはそう思えました。


5:睡眠不足を防ぐ
6:学校におけるいじめ・無視を防ぐ
おそらくこの二つは多くの人が納得するでしょう。長時間労働による過労で心身共に疲弊し自殺をするというニュースは(本当に悲しい事に)しばしばメディアで報道されます。睡眠が不足する事により、正常な判断能力、身体調整機能が奪われます。それが長期間続くとどうなるかは、改めて述べるまでもありません。また、学校でのいじめが原因と思われる自殺は依然としてメディアを賑わしています(そして、メディアは1.で取り上げたようにエンターテイメントの一種として取り扱います)。日本以外でいじめや受験の失敗が自殺の要因になるのは珍しい、とはダイグナン監督の弁です。


7:バカバカしいと思ってみても、とにかく試してみる
 電車のホーム近くにあるブルーライト。あれを設置する事によって電車の飛び込み自殺者数が数が減りました。ブルーライトが具体的にどのような効果があるのか科学的な証明はまだされていません。しかし、鉄道会社は「自殺を1件でも減らすため、できることはなんでもしてみようと、わらにもすがる思いで始めた」この試作は効果がありました。ブルーライトを設置して以降、ホームへの飛び込み自殺は無くなったのです。*2
人はなぜ自殺をするのか、それを防ぐ手段は無いのか。残念ながら現時点ではどちらもわかりません。しかし、それを知るための手がかりになる情報・手段はいくつかあります。絶対に効果があるとわかっている手段はありません。だったら、とにかく試して手がかりを増やしていくべきではないでしょうか。


8:救命病棟に精神科医を常駐させる
現在の日本で救命病棟に運ばれる患者には、自殺未遂患者が少なくありません*3 日本では自殺未遂の患者のうち1万人が既に何らかのメンタルケアを受けていると作中で説明がありました。しかし、そのメンタルケアも不十分であり、患者はまた救命病棟に戻ってきてしまうとも説明していました。これを防ぐためには救命病棟に精神科医を常駐させ、患者へ十分なメンタルケアを行った上で再発を防ぐ仕組みが必要でしょう。


9:精神科医は薬の処方ではなくカウンセリングを行う
2時間待って、5分で終了。病院の診察時間の短さや待ち時間の長さに対する不満はよく聞かれますが、精神科の場合も例外ではありません。さらに、ダイグナン監督は精神科医の在り方にも問題があると語ります。精神科医の主な仕事は本来はカウンセリングであるにもかかわらず、薬の処方箋を書く事に終始してしまっている、と。


10:話をじっくり聴く
 自殺の名所として知られる東尋坊。そこには東尋坊の自殺防止パトロールを行っている茂幸雄さんがいます。茂さんが普段やっている事は、東尋坊のがけに立っている人を見つけたら優しく話しかけ、近くにある茂さんの茶屋に連れて行き温かいおもちをごちそうする。これだけです。話を聴くだけですが、それだけでも自殺を思いとどまる人が数人いました。しかし、市の当局や観光ガイドは、茂さんの自殺対策に対する嘆願を却下しています。その理由は、東尋坊の地域経済が、「自殺の名所」という事実によって支えられ振興している観光業に依存しているからです。
 それでも茂さんは、自殺防止の活動をやめませんでした。警察を定年退職した後、自殺防止のNPOを立ち上げて自分で茶屋まで作り、今日も話を聴きます。話を聴く事は自殺を思いとどまらせるためのおそらく最も効果的な方法です。*4

鑑賞後に突きつけられた重い現実

 映画鑑賞後、ひどく重い気分に襲われました。主な理由は以下です。


1:外国人と思われる一群から笑いが起こった
自殺の方法で、浴槽を閉め切って硫化水素を発生させるというものがあります。その時日本人は律儀だから「硫化水素が出ているので扉を開けないでください」と札をかけて事に及ぶという説明がありました。この時外国人と思われる観客から笑いが起こっていました。確かにブラックですが、ジョークとしか思えないような内容かも知れません。しかし、硫化水素による自殺報道を見てきたためか、「あり得る」とも思ってしまい全く笑えませんでした。硫化水素で自殺しようとした子供を助けようとして父親も死んでしまったというニュースを見た事があるため*5、ジョークとして処理できなかったのでしょう。距離によって同じ事実が悲劇にも喜劇にもなるというのはよく言われる事ですが、だからこそ笑いが起こった事について、日本と外国の距離を感じずに入られませんでした。


2:日本人である自分もできる事が無さそうに思えた
 10の提言をご覧になれば分かると思いますが、多くは警察などの観光庁や精神科医などの医療機関に対する提言です。つまり、日本人の中でもさらに限られた人しか行動でアプローチできないように見えました。事実、10個目の提言で紹介された茂さんは、市やツアーガイドに東尋坊が自殺の名所だと喧伝するのを辞めるように訴えていますが、その訴えは効果が出ていません。睡眠不足の問題や学校でのいじめも同様です。まずい事は分かっているのに、それよりも優先させるべき(と誤解している)事があるために施策が打てない状態に陥っているように見えました。


 日本の自殺を巡る状況が非常にいびつで特殊である事、それをどうにかできるのは日本人だけにも関わらず、その手がかりが乏しいこと。
 この二つを感じ、僕はひどく気分が重くなりました。

重い現実を自覚する事が第一歩

 とは言え、この重たい事実をきちんと表すことができたというだけでも、僕はこの映画には大きな意義があると思っています。こちらの映画は特に映画館を借りて上映、という事は現時点では予定はありませんが、このイベントだけの上映というのが本当にもったいない出来映えです。ニコニコ動画やyoutubeなど、できるだけ多くの人に見てもらいたいドキュメンタリー映画でした。自殺者を救うための10の提言は、ヘルスケアやメディア・警察などほとんどが政治的かつ経済的な問題を含んでおり、ダイグナン監督がインタビューでも述べている通り、そもそも外国人であるダイグナン監督ではどうしようもない分野です。だからこそ、たとえ困難でも一人でも多くの日本人に視聴してもらい、これらの問題が「まず存在する」ことを認識してもらう。それこそが30万人の自殺関係者を救うための第一歩であると、僕は信じています。

 ちなみに余談ですが、日本の年間の自殺者数は3万人ですが、映画のタイトルは「自殺者1万人を救う戦い」。なぜタイトルは3万人ではなく1万人なのかルネ・ダイグナン監督に聴いてみたところ、「せめて20年前の92年の水準に戻す事ができれば」という意図を込めた、とのことでした。確かに総務省の自殺統計白書のデータでは、 1998年に一気に3万人を突破してからずっと高いままです。もちろん、これらの提言は1万人だけでなく、日本で年間に自殺する3万人、さらにはその背後にいる10倍もの自殺未遂者(つまり30万人!)を救うための提言であることは間違いないでしょう。

※感想が知りたいので、はてブやRTなどいただけるとありがたく思います。

それでは、また。

*1:申し訳ありません。この項書き漏らしてしまい、正確なタイトルは不明です。警察に関する提言であることは確かなのですが。

*2:ブルーライトについては、こちらの記事をどうぞ。

*3:もう少し詳細な割合も述べていたと思うのですが、失念してしまいました……。

*4:茂幸雄さんについては、AFPのサイトに動画が上がっていました。こちらもご覧下さい。

*5:検索したら引っかかりました。札をかけて自殺した事件は実際にあったようです。