勢いで書きます。なお、参考にしたのは第一ステージ、第四ステージです。ウォルターさんは今回観られていないので、完全に想像で書いています。
波の花が咲き開く時(1) 水の硬さと珍しい魚
井戸から水を組み上げ、スプーンで水を掬い口に運ぶ。今日の水は少し硬さが強かった。コーヒーを淹れるにはこれくらいがちょうど良いが、料理や菓子にはもっと柔らかいの水のほうが適している。ここから南へ少し行ったところにある井戸なら、もう少し柔らかい水が汲めるだろう。北から南へ行くにしたがって、水が少しずつ柔らかくなることをウォルターは知っていた。ただ、なぜそうなるのかは分からなかったが。
風が少し強かったが、明け方の空には雲ひとつなかった。村へ戻るまでに雨や雪に降られる心配はないだろう。ウォルターはバケツを持ちながら南の井戸へ向かった。水汲みの朝は早い。
「ウォルター、モカというコーヒー豆が手に入ったのです。酸味が旨いらしいのですが水は変えたほうがいいんでしょうか?」
「そうですね……9番・10番はいかがでしょうか。いつもは7番か8番を使われていますが、酸味を引き立たせるのであれば、水はもう少し硬くても良いと思います」
「ふむ。では9番を試してみましょう。9番をください」
「かしこまりました」
コーヒーは豆の挽き方や炒り方、入れる時の水の温度だけでなく水そのものにも味が左右される。この村に来て良かったとオットーは思った。この村に越したことでコーヒー豆を仕入れるのに少し手間がかかるようになったが、ウォルターの汲む水はそれを補って余りある価値があった。元々は趣味で色々なコーヒーを飲むだけだったが、水でこれだけコーヒーの味わいが変わることにオットーは衝撃を受けた。結果、探究心を刺激されて珈琲店まで開いてしまった。
珈琲店の評判は、今のところは悪くない。村の人々はコーヒーを飲む習慣が無かったが、試飲会を開催したり菓子屋のデイジーにお願いして菓子を店に置かせてもらったりと、オットーが環境を整える努力を続けたことで、喫茶の一つとしてコーヒーは村に広まっていった。自分がコーヒーに対して味わった感動を他の人々にも味わって欲しい。その瞬間が来た時がオットーの一番の喜びだった。
水を受け取る時、オットーはウォルターの腕を見るのが好きだった。ウォルターの腕はかなりがっしりしている。遠くまで水を探しに行くだけの体力と熱意を兼ね備えた水のスペシャリストなのだろう。オットーはウォルターを全面的に信頼していた。
「ウォルター、水ください! すごく柔らかい水!」
水を受け取ったオットーが銀貨を支払おうとした時、息を切らして男が店に駆け込んできた。薄い茶の汚れたエプロンを身につけた、魚がびっちりと入った手網を右手に持つ男。魚屋のセリオだ。
「『のどぐろ』って言うんですけど、いつもはこんなに捕れないのに、なんか一杯とれたんですよ、ほら、ほら!!」
「あの、わかりましたから、落ち着いてくれませんか?」
興奮しながら手網をウォルターに見せつけるセリオに落ち着くようになだめると、ウォルターは「5番」と書かれた貯水釜から水を汲んだ。
「一番柔らかい水だと、5番ですね」
「え、4番無いんですか?」
「すみません、4番以前は今日は無いんです。最近、水が硬くなり始めてて」
「えー、そうなんですか………」
セリオは不満げな表情を浮かべたが、水の硬さをウォルターが変えられるわけでもないので、どうしようもない。仕方なくセリオは5番水を買った。
「でも、のどぐろがこんなに取れるってすごく珍しいんですよ。なんか波が高くなってきたからそろそろ引き返そうかなー、と思った矢先に、こんなに!!」
セリオは再び右手の手網をウォルターとオットーに見せつけた。のどぐろが捕れたのが本当に嬉しいのだろう。
「波が高かったんですか?」
「はい、いつも以上に」
「ふむ……これから天気が荒れるかもしれませんね」
「ウォルター、どういうことでしょうか」
思案しながら呟いたウォルターに、オットーが尋ねた。
「今日はいつもより水が硬かったんです。日や場所によって多少水の硬さは変わるのですが、一番南の井戸の水は5番の硬さでした。普通は3番程度なのに、これほど水が硬い事はあまりありません。そして、水が硬くなる時は大抵天気が荒れます。経験則なので断言はできませんが、セリオが波が高いと言ってたので、関係があるかもしれませんね」
ウォルターの説明を聞いて、オットーは空を見上げた。空はひつじ雲が多少見える程度だったが、雲の動くスピードは早かった。思ったより上空の風が強いらしい。
「風が強いようですね」
オットーとセリオが空を見上げて言った。ウォルターの言う通り、天気が崩れるかもしれないと二人は思った。
「と、コーヒーを淹れなくては」
「あ、僕ものどぐろ!!」
自分の仕事を思い出した二人は、ウォルターに礼を述べて水屋を後にした。
(続く)