今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

物語を始めた日

   僕は夏休みが大好きだった。学校に行かなくていいからだ。

 

   中学受験で第一志望に受かった喜びは、実際に中学に通ってから一ヶ月ぐらいで消えた。友達も全く作れず学校で孤立し、1人でゲームに逃避するようになった。次第に肝心の学業も低迷し、運動が苦手だった僕に居場所はなかった。クラスメートがそんな僕を見て、「こいつには何してもいい」と認識するのにさほど時間はいらなかった。学業が振るわないにも関わらず家でゲームばかりして勉学に励んでいる様子が見えない息子に、両親は当然雷を落とした。

  どうにかしなければいけないということはわかっていたけど、どうすればよいのかわからなかった。中学の3年間で、僕は助けを求めるという行為のことを、「ここに弱点ありますよ」と敵に教える自殺行為だと学んでしまった。僕は脚を持ち上げることのできない底なし沼にはまり、1人で生きていくしか無いということを暗く薄っすらと学んだ。

  高校は、先生やクラス構成、カリキュラムが変わったために底なし沼からは抜け出せたけど、中高一貫だったので人間関係はあまり変わらず、通学が「お務め」であることにも変わりはなかった。高校1年の7月、期末試験をなんとか切り抜けて夏休みに入った。学校に通う必要がなくなった。

  僕は夏休みが大好きだった。

 

  夏休みは図書館で星新一や筒井康隆の本を借りて読むか、家でゲームをやるか、秋葉原でゲームをやるかのどれかだった。当時は2D格闘ゲーム全盛期で、秋葉原のソフマップ店頭にはサムライスピリッツやキング・オブ・ファイターズなどのSNKゲームが負け抜け方式で試遊できていた。連勝すればそれだけ長くプレイできるし、ゲームは面白い上にタダ(!)。僕は真夏日に日差しの強い屋外の行列に並ぶのも苦にせず、定期的に通ってプレイし、連勝したり、あるいは1度も勝てずに悔しい思いをしながら時間を過ごした。

  次々と対戦相手を倒し、行列を一周させた。二周目に来た相手を何人か倒したところで、「帰ろうぜ」と負けた相手にプレイヤーが声をかけていたのを見た。20年以上経っても、こんななんでもないシーンをはっきり覚えているのは、その時「俺は友達いないけど、お前らよりサムスピ*1上手いからな」というせめてものプライドを維持したかった気持ちも覚えているからだと、今になって思う。

  次の試合で、僕の牙神幻十郎は敗れて記録は19連勝で止まった。この記録が更新されることはなかった。

 

   19連勝した帰り路に、前から気になってたレンタルCD屋に寄った。面白そうなテクノやゲーム・ミュージックがあれば借りようと思ったからだ。当時はTRFなどの小室サウンド全盛期だったけど、僕は全く興味が持てず、むしろクラスメートが聴いているからという理由で好きじゃないとすら感じていた。

 

  ゲーム・ミュージックを探すために、邦楽と洋楽の棚を素通りして奥に行った。残念なことにゲーム・ミュージックの棚は狭くめぼしいものは無かった。何か無いかなと隣の棚を探したところ、一つのアルバムが目に入った。

WAVE

WAVE

 

 T-SQUARE「WAVE」。

 (あれ、確か……)

  記憶を辿り、どこで聴いたのかを思い出した。「来年の修学旅行のテーマ曲を決めよう」というクソどうでもいい学校の企画で、ノミネートされた曲にT-SQUAREの曲があった。他の曲と違い、ボーカルが無いことが新鮮だったからアーティストのタイトルは覚えていた。

  どんな曲だったかは覚えていなかったけど、確か良かった。そう思ったのかどうかは正直覚えていない。ただ、なんとなくで僕はT-SQUAREのWAVEを借りた。

 

  帰宅して早速CDプレイヤーにCDをセットして、再生ボタンを押した。*2

 

 

  再生開始10秒で僕の動きは止まった。

  オープニングのフェードインからのEWIによるイントロを、僕はただ聴いていた。

  衝撃だった。飲み物を取りに行くとか、エアコンを調整するとか、しばらくそういう日常の動作をすっかり忘れて、ただCDプレイヤーの再生時間を見ていた。ドラマチックで何かが始まるオープニング曲。曲が始まってから少し時間が経って、やっとそういう形容ができるまでに我に返った。

  実際の時間にしたら1分も無い。でもその時には、今までの世界が全く違って見える、伝説の聖剣を引き抜いたかのような感覚を味わっていた。

  1時間弱のアルバム再生が終わり、僕はすぐにアルバムリピートをつけて再生をした。

  曲は聴けば聴くほど耳に馴染んでいった。WAVEは暑い夏とジャケットの波の写真のお陰で、僕にとって夏のイメージになった。日差しの強い午後に自転車を全力で漕ぐ、ICE BOXに三ツ矢サイダーを注いでキンキンに冷やしてぐいっと一気に飲む、図書館で本を探す。どうということもない日々の1シーンが、T-SQUAREがリンクしていき、ある物語の1シーン1シーンとして心が少しずつ弾むようなものになっていった。 

 

  それから僕の生活はすっかり変わった。学校が終わったら図書館で星新一や筒井康隆の本を借りて読むか、家でゲームをやるか、秋葉原でゲームをやるか、CD屋でT-SQUAREのアルバムを眺めて溜めた小遣いで買うか、図書館でT-SQUAREのアルバムを見つけて借りるか、のどれかだ。傍目には何も変わらないように見えるけど(そもそもその当時の僕にそこまで関心を持っていた人間はいない)、僕の生活は間違いなく変わった。ただ地下の暗い道を、音を鳴らさないように細心の注意を払いながら脱出を図る脱走兵のような生活が、自分は何がしかの物語の主人公で、どこかへ冒険に出かけるための生活になった。そう肌で感じられたことと、勉学の成績が持ち直したことは無縁ではないと思う。テストでひどい点を取った時、ただ落ち込んでゲームをやるのではなく、T-SQUAREのアルバムを買って机に向った事を覚えている。多分あの時が初めて自分自身の意志で「体制を立て直して次は頑張る」を思えた日だ。

  T-SQUAREは僕の人生を物語にしてくれた。

Natural」は山岳に住む村人と霊鳥たちの物語。「NEW-S」は夜の摩天楼で人知れず走り抜けて戦う秘密組織の物語。「Impressive」は少し穏やかで賑やかな街中の物語。「Truth」は夕暮れの荒野、丘陵から一気に崖を下っていく遊牧民の物語。世間の話題に全く着いていくつもりが無かったから、「Truth」がF1で世間的に知られている曲だと知ったのはもっと後だったし、むしろ物語に邪魔だとすら思った。

  これらは全部僕の頭にしか無い、アバウトなストーリー、要するにただの妄想である。曲に歌詞が無いので、きっと同じアルバムの同じ曲を聴いても、このストーリーは僕以外にはイメージできないし、わかってもらえない。でも、それでも、僕にとっては、自分のこの生活を様々な豊かな物語にすることができたし、前に進むための原動力になった。

  音楽を勉強しておらず、雑誌を読むなどの基礎知識を全く習得していなかったため、T-SQUAREの良さを誰かと分かち合う方法はわからなかった。大学時代もフュージョン系のサークルに入ったけど全くついていけず辞めた。以来、僕はT-SQUAREをレビューしたり論評することをしていない。T-SQUAREは僕1人だけの頭の中にある物語として未だに続いている。

 

  「心が動いた体験」として、人はどういうことを挙げるのだろう。友人や恋人・恩師・親や子供など自分にとって大事な人との物語を語るのだろうか。

  今書いた物語に、自分以外の他人は一切出てこない。何がしかの影響は受けても、「心が動いた」という言葉が当てはまるような影響があったかと言われると自信がない*3。自分の人間関係が貧弱なのだろうか、と思い悩んだり、影響の受け方がたまたま人とは違うだけだと捉え直しをしている。

  この文章も書いている今も、Amazon EchoからT-SQUAREの「明日への扉」が流れている。T-SQUAREと僕は、あれからずっと僕の物語を作り続けている。

 

CITY COASTER(完全生産限定盤) [Analog]

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   4月にT-SQAUREの新盤が出るので予約購入をした。

   奇しくもT-SQUAREの結成年は僕の生まれ年と同じだ。リーダーの安藤まさひろ氏はもう還暦を過ぎているけど、図々しくももうしばらくは僕の物語を作ってくれないかと願っている。

 

*1:サムライスピリッツ」。ストリートファイターⅡがきっかけでブームとなった格闘ゲームの中でも特に好きだった。初代でタムタム使っていたのに「真・サムライスピリッツ」でいなくなってたのが寂しかった。完全に余談。

*2:本当はYoutubeのリンクを貼ろうとしたけど、公式のが無かったから止めた。T-SQUAREに関しては、非公式のリンクを貼りたくないと思ってしまっている。

*3:悪い意味で心が動いた経験なら、パワハラで鬱になったことがある。しかし長々と書きたくない。