10/13(土)、広島の国際平和会議場にて開かれた藤家寛子×浅見淳子講演会 「自閉っ子、引きこもりからの脱出」 に行ってきました。
誤解されやすい自閉症の特徴
自閉症を一言で説明すると、「社会性や他者とのコミュニケーション能力に困難が生じる発達障害の一種」*1となります。最近では発達障害という言葉もニュースなどで見るようになったためご存知の方もいらっしゃるかもしれません。発達障害は、例えば空気が読めない、きちんと言わないと何も理解できないなど、対人コミュニケーションに難が生じている、という文脈で説明される事が多いです。しかし、藤家さんの講演会を聴いて分かったことがあります。それは、
1:自閉症や発達障害は、そういった単純な文脈では語れない様々な特性があり、対人コミュニケーションに関する内容はあくまでその一部であること
2:対人コミュニケーションに関する問題点は(それこそ定型発達者同士が普段から行っているように)調整を行う事で、問題なくコミュニケーションを行う事は可能である
という二点です。以下、この二点を中心に書きます。
身体感覚の差異から生じるディスコミュニケーション
「こたつの中に足を入れると、足は無いものになってる」
「お風呂の温度が1度違うと違和感を感じて辛い」
これはどちらも藤家さんが自身の身体感覚について語ったものです。最初に聴いた時はとても驚きました。自閉症の方が全てそういう認識を持っている、というわけではありませんが、自閉症者の身体感覚が鋭敏であったりすることは決して珍しいものではないとの事です。こういった身体感覚は、特に過敏な身体感覚を持っていると(前述の例で言えば「お風呂の温度が1度違うと辛い」)、身体に負担がかかり、会社員として週5日フルに定時通りに出勤する事が困難になる要因となり得ます。
この身体に関する問題は、自閉症の特徴としてあまり注目されてこなかったようです。理由はいくつかあると思いますが、「定型発達者には想像が困難」「自閉症当事者は自分の感覚が当たり前だと思っているので、まさかそれが異常だとは思いもしない」というのが主な理由として挙げられるでしょう。また、身体感覚が違うとわかっていても、それへの対処方法が限られており、解決がしにくいことも問題の根底にあるかもしれません。例えば聴覚の敏感な自閉症者の場合であれば、東京はうるさ過ぎてとても住めないため、静かな街に引っ越さざるを得ないというケースは考えられます。「東京はうるさ過ぎて住めないから引っ越す」という対応を、特に聴覚が敏感ではない人々は「大げさ過ぎるだろ」と思うかもしれないし、それは表向きの理由で、引っ越した本当の理由は別にあると勘ぐる人もいるかもしれません。しかし、当事者にとっては死活問題です。本当に耐えられないくらいうるさいから、引っ越すのです。
例えば、僕が感じている身体感覚だって、たまたま他の人と大差がないから問題が起こってないだけであって、自分の身体感覚が他の人と同じか違うかをちゃんと確認した事はありません。そもそも、正確に確認する方法は無いでしょう。その意味で、身体感覚に由来するディスコミュニケーションはとても難しい問題です。身体感覚という前提条件を共有することが難しい事に加え、その身体感覚を変えようと思っても変える事ができないからです。自閉症者独自の身体感覚の理解というのは、自閉症理解へのキーポイントではないかと感じました。
独自の世界観・ネタバレしないと世界観が変わらない
「この世の運命は決まっていて、人は配役通りに動いているだけ。運命は読み解くもの、自分で作るものではない。世界には巨人がいて、家にある備品など必要なものは全て巨人が用意しているし、全ては巨人が決めている。」
これは、藤家さんが子供の頃からずっと抱いていた世界観です。この世界観に従うと、例えばクラスメートはクラスメートの役、先生は先生の役で、その役を外れた事実(例えば、クラスメートや先生が他の家で普通に生活している事、どこかの家の子供だったり親だったりする事)がある事に驚いたりします。そのため、例えば中学ぐらいになってもいわゆる「反抗期」は起こらず(そういう運命だと理解しているので、親に反抗するという発想が起こらない)、定型発達者とは違った理解をしていきます。
確かにこういった世界観は定型発達の人からすると、なんでそんな世界をずっと信じているのか、よくわからないと思います。しかし、これは藤家さんが妄想癖があって他の世界と折り合いが付けられないという事を意味している訳ではありません。
「12月25日のクリスマスには、サンタが良い子にしている子供に対してプレゼントを靴下に入れてくれる」
これは世界中の多くの子供が信じている、かつ大人は全く信じていない世界観です。藤家さんは幼稚園の頃、この世界観をあっさり破られています。サンタクロースに手紙を書いたところ返信が来て、母親に「サンタさんから手紙が来た!」と伝えたところ「あら、近所のパン屋さんから来たのね」と、あっさりネタバラシをされてしまったからです。その時、本当はサンタクロースはいないと言う事を藤家さんは理解しました。
つまり、ネタバラシなどを通じて信じていた世界観が違うという事に気付く事ができれば、世界観を自分で書き換える事はできます。逆に言えば、そういったきっかけが無ければ世界観は崩れずにずっと信じたままです。
藤家さんの場合、こういった世界観の捻れを紐解き調整する事ができたのは、丁寧に指導した支援団体の功績と言えるでしょう*2。「言わなくてもわかるだろ」という意見はここでは通用しません。個人的には「キクラゲをキノコと思わずに海産物の一種と勘違いする」というのと構造的には同じなので、目くじらを立てずにさっさと捻れを正す方向に向かうのが一番建設的だと思うのですが。
当事者は原因に、あるいは問題点に気付かない
特に講演会で印象に残った二つの内容を書きましたが、共通している事があります。自分のベースとなる思考・感覚がまさか他者とは全然違う感覚であり、あるいは問題を引き起こしている原因だとは思いもしなかった、という事です。このずれをどうやって発見するか、どうやって修正していくか。これが自閉症者に対する支援の第一歩ではないかと考えています。
本講演は自閉症やアスペルガーの当事者および家族や支援者にとって、非常に有意義な講演会だったと思います。
一方で、講演の中で提起された問題点や事例について「これはもしかしたら、自閉症の支援に限った話では無いのでは?」という内容もありました。個人的にはこれも重要な事だと考えています。理由は、そうだとしたら自閉症支援に限らず様々な事例に適用が可能になるという事、自閉症とは全く関係ない事例からノウハウを自閉症支援に適用できると考えるからです。
というわけで、こちらについて、改めてもう一本記事を書く予定です。
↓今回の講演会の藤家さん、浅見さん、そして翻訳家のニキリンコさんの対談集。自閉症者の身体感覚についての話も載っているので是非どうぞ。
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それでは、また。