午前6時起床。
いつもよりずっと早い時間に起きたが、理由がある。『十七歳だった!』の聖地巡礼のためである。
「M本さん。大切なお話があります。明日午前六時、旭川の河原へ来てください。後楽園正門前の竹久夢二の碑の下あたりで待っています。
君が来るまで待っています。原田」
手紙の内容は大体こんな感じであった。本当はもっとコリコリに凝った美文調のものも書いたのだが、何だか気合いが入りすぎちゃって我ながら恥ずかしくなっちゃったのである。呼び出しの手紙なんだから、こういうメモみたいな感じでサリゲナク仕上げたほうがカッチョいいだろうと判断したのである。「君が来るまで待っています」という一文が、この手紙の最大のポイントだなと一人悦に入っていたのだが、今にして思うとこれはもうほとんど脅迫である。『愛と誠』の岩清水かお前はッ、と言いたくなる。(P.30〜31)
というわけで、午前6時に竹久夢二の碑に行くために起床した。*1
レンタサイクルを使って、竹久夢二の碑へ向かう。


原田宗典は結局、4時半に起きてここに到着し、6時までずっと待っていた。しかし、結局M本さんとはごく普通の世間話をして終わってしまい、その直後に振られてしまうのであった。
とはいえ、こういった河原で早朝から高校生の男女が会話をするというのは、それ自体が青春の一ページみたいでうらやましくもある。
他に特に用はなかったので、ホテルに戻って朝食を食べる。

とりあえず蒜山とか白桃とか、岡山っぽい名前のついたものを手当たり次第に取って食べる。少し食べ過ぎた気もするが、今日はそれなりに歩く予感がしたので、多少食べ過ぎるくらいでもちょうどいいと自分に言い聞かせた。
ホテルをチェックアウトして、第二の目的地、神戸へ。

新神戸到着後、レンタサイクルを借りて王子町へ。坂が結構多かったので、電動サイクルは本当に便利だと思う。

神戸文学館。
小泉八雲が神戸に滞在していたこともあり、展示があった。『ばけばけ』をちゃんと視聴しておけばよかったなと、少し後悔する。
他にも、震災や大空襲をテーマにした作品の展示などもあり、思った以上に見応えがあった。
考えてみたら、震災に関する文学というのは出てきてしかるべきだと思った。東日本大震災が起こって15年が経つが、それに対する文学作品というものを、自分はあまりチェックしていなかった。確認してみようと思う。

横尾忠則現代美術館も、名前だけは知っているので入ってみようかと思ったが、残念ながら休館だった。
電車に乗って、芦屋へ。

とんかつ屋「む藏
https://tabelog.com/hyogo/A2803/A280302/28056434/」のヘレカツ定食。ヒレカツではないらしい。
最近は減量中ということもあって、意識的にとんかつ屋での食事は避けていた。ただ、『ぼくも十七歳だった!』の中でとんかつに関するエッセイを書いた。その聖地巡礼なのだから、食べた方が良いだろうと決めて、入店。
豚肉の旨味と衣の香ばしさがマッチしていて、非常においしかった。塩もあったので塩で食べてみたが、ヘレカツは塩よりもソースで食べる方が好みだった。
食事を終えて、谷崎潤一郎記念館へ。
このあたりは残念ながらレンタサイクルのエリア外であるため、おとなしくタクシー、バス、徒歩を駆使しながら目的地へ向かう。


谷崎潤一郎は熱烈なファンの方がいることもあり、一度見てみようという興味本位で入ったが、谷崎潤一郎をほとんど知らなくても楽しめる内容だった。
谷崎潤一郎の生涯や作品の系譜がわかりやすく展示されており、どれか一つ読んでみようと思えるような展示だった。
幸い、谷崎潤一郎の作品は青空文庫にあるものも多かったので、Kindleでダウンロードしてみた。『痴人の愛』から読んでみようと思う。

谷崎潤一郎記念館を後にして、芦屋温泉の足湯につかり、足の疲れを癒す。
電車で三宮に戻り、再びレンタサイクルを借りて北野異人館へ向かった。


萌黄の館や風見鶏の館などを見学しつつ、街並みを楽しむ。確かに建物は洋風は洋風でも、現代日本の家とはまったく違う感じで、本当に異国に迷い込んだような気分になる。
歩きながら、ふとスナッチャーの聖地巡礼の一環で来ていることを思い出す。
ここは異人街で、教会も多い。
『スナッチャー』の終盤で教会が出てくるが、もしかしたらモデルとなった教会はこの近くにあるのではないか。そう気づき、歩いたり、教会の画像をChatGPTに上げて似たところはないか確認したりしながら探す。
果たして、見つかった。

神戸ムスリムモスク。
教会ではなくイスラム教の施設なのだが、実際の画像を見る限り、ほぼ一致しているので間違いないと思う。
gameflame.seesaa.net
たまたま礼拝の合間だったため、案内をしてもらう。案内をしてくださったのは新井アハサンさんという方で、パキスタンから来て50年ほど日本で過ごしているとのことだった。
神戸ムスリムモスクは、神戸大空襲でも阪神・淡路大震災でも崩れずに残っていたらしい。そのことを写真で紹介していただいた。非常に堅牢な建築である。
他にも、ムスリムの風習やこのあたりの神戸のことなども親切に教えてくださって、非常に面白かった。
礼拝の時間は一日5回だが、それが電光掲示板で表示され、管理されているのが個人的には面白かった。
東京の渋谷、代々木にも似たムスリムモスクがあるらしいので、機会があれば行ってみようと思う。
夕方になって、ホテルにチェックインできる時間帯になったので、レンタサイクルを返し、三宮からポートライナーで市民広場へ向かい、ホテルへチェックイン。
だいぶ歩いたので、しばらく靴と靴下を脱いで仮眠を取った後、夕飯を食べに三宮へ向かった。

夕飯は「明石焼き 蛸匠[
https://tabelog.com/hyogo/A2801/A280101/28074958/]」の明石焼き。
『スナッチャー』には、「ネオコウベ焼き」という明石焼きによく似た食べ物が出てくる。熱く煮立った出汁の中に生地を入れて、しばらくすると浮島のように浮かんでくるので、それを食べるという、ゲームの中のオリジナル料理である。
一度やってみたい、試してみたいとは思うものの、実際に明石焼きを見てみると、出汁に入れても生地は沈むばかりで、浮く気配がない。もっと薄くしたり、生地の中身を変えたりしないと、浮島のようにはならないと思う。
明石焼きはおいしかったが、ネオコウベ焼きを作るのは難しそうだなと思う。具材を入れたら沈んでしまう気がして、どうしたら良いのかアイデアが湧かない。
食事を終えてホテルに戻り、機材を手に北公園へ向かった。
日本三大夜景の一つが神戸にあり、摩耶山掬星台からの眺望がそれにあたるが、ポートアイランドから眺める神戸の夜景も、なかなかだと思う。
『スナッチャー』の舞台はネオ・コウベ・シティという架空の都市だが、埋め立て地を元にした都市とあるので、モデルはポートアイランドで間違いない。事実、かつてコナミの神戸開発センターはポートアイランドにあったので、モデルにしやすかったというのもあるだろう。
となると、『スナッチャー』で描かれている街並みの背景などは、ポートアイランドから見える夜景を参考にして描かれたと思われる。

北公園からの夜景。
『スナッチャー』のテーマ曲「One Night in Neo Kobe City」。神戸の夜景をネオ・コウベ・シティの背景に見立て、EWIで吹いてみる。

残念ながらEWIの腕前はまだまだのため、人に聴かせることはできないが、1人で撮影をしながら吹いてみるだけでも想像以上に楽しかった。ちなみにヘッドホンでつないでいるので、音漏れはしていない。
いつかは、吹いている姿と自分の演奏をミックスさせて、ちょっとしたミュージックビデオを作れたらいいな、という妄想もしている。
youtu.be
改めて聴いたが、「One Night in Neo Kobe City」は名曲だと思う。
PC-88版でしか使われていない「Twilight in Neo Kobe City」も同様に良い曲だが、「One Night in Neo Kobe City」は、少し寂しい曲調が、主人公の立場と、これからの冒険を表す雰囲気と合わさった名曲だと思う。
ただし、そもそもスナッチャー自体の知名度が低く、この曲の知名度も高いとは言えない。
『スナッチャー』自体がすでに30年以上前の作品だし、移植や復刻も限られている。そういった意味では、『スナッチャー』は現代によみがえっていない。
現代によみがえっていない作品は、だんだん影が薄くなり、無かったものになってしまう。
昨今、昔の作品がリブートやリメイクされることが多い。懐古趣味であるとか、新規IPを作る能力がないと揶揄されることもある。
けれど、実際に「One Night in Neo Kobe City」を神戸で吹いてみて、考えが変わった。
リメイクやリブートは、IPを続けるため、生き残らせるため、絶やさないための方法だった。
どんなに素晴らしい作品でも、作り続けていかないとIPは消滅する。
事実、忠臣蔵が放送されなくなってから、若い世代では忠臣蔵を知らないという人も出てきている。放送されない。出版されない。語られない。そういうIPは、死に絶えてしまうのである。
『スナッチャー』は確かに、シナリオは荒い。
小島秀夫氏のその後の『ポリスノーツ』や『メタルギア』シリーズ、『デス・ストランディング』に比べれば、明らかに完成度は低い。
それでも、高校の時に聴いた「One Night in Neo Kobe City」は名曲だと思ったし、30年以上歳を取ってから聴いても、今でもやっぱり良い曲だと思う。EWIで吹いてみても楽しかったし心が弾んだ。
自分の好きだったものが、いつまでもあり続けるわけではない。
作品化されなかったり、誰も話さなかったり、語られなかったり、作られなかったりすると、それはなくなっていき、なかったことになってしまう。
それが猛烈に嫌だ。
原田宗典の文体は、やっぱりエッセイとしてゲラゲラ笑えるし、『スナッチャー』の「One Night in Neo Kobe City」は名曲である。
何とかして、自分が良いと思うもの、自分が好きなものを、絶やさないでいられるだけの力をつけられたらと思いながら、最近は生きている。
ホテルに戻り、コンビニで買ったカフェラテを飲みながら就寝。
昨日も今日も、20,000歩以上歩いているらしい。明日、ちゃんと動けるか少し心配になった。