今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

昨日と今日で世界はまったく変わる

昨日と今日で、世界がまったく変わる。そういう経験は、何度もあった。

ある日、リーマン・ブラザーズという会社が倒産した。後年に「リーマン・ショック」と呼ばれるこの出来事が発端となり、プロジェクトが次々と打ち切りになり、当時勤めていた会社の社長から、転職を勧める連絡が来た。

結婚した二週間後、何の前触れもなく父が大動脈解離で死んだ。

「今日、『天地明察』を送ったから」

留守番電話に残っていたそのメッセージが、最後の父の言葉だった。

コロナが発生して、それまで毎日出社していた仕事がフルリモートになった。 今まで苦労していた仕事が、びっくりするくらい楽になった。 今まで苦労していた仕事は何だったんだ、と思った。

朝起きて、姉がうつ伏せに倒れているのを見つけた。

慌てて身体を叩いて、声をかけた。太ももを叩いた。

反応はなかった。身体は冷たかった。

よく見たら斑のようなものが浮かんでいた。

慌てて救急車を呼んだ。

電話口の応答に従い心臓マッサージをしながら救急車を待っているあいだ、これはもう駄目なのだろうか、人はこんなふうに突然死ぬのだろうかと考えていた。頭からうっ血した太ももの映像が離れなかった。

その一方で、どこか醒めた目で世界を見ている自分もいた。

これはもうだめだ。諦めるしか無い。

「二回も心臓が止まったんだ。諦めるよ」

前に伯父が倒れたという連絡を受けて家族で車を飛ばしている最中、父がこう呟いたのを覚えている。もう20年以上前の話だ。その時はどういう感情かわからなかったけど、いまならわかる。こういう感情だ。

警察が来て、これまでのことや最近の様子、発見時の状況を詳しく聞かれた。

事件性の有無も含めて死因を確認するため、姉は担架で警察に運ばれていった。

そうだ、姉は

死んだんだ。

1日目・2日目

近くで働いている従兄弟に手伝ってもらい、葬儀屋やお寺さんに挨拶に行った。 従兄弟は突然のことでショックを受けていた。

その様子を見て、俺は妙に冷静になり、これからのことを考えていた。

平常心は保てていた。もちろんこの一文には、「悪い意味で」という枕詞をつけるべきなのだろう。

姉が亡くなった。遺品を処分しなければいけない。

叔父が亡くなったとき、父は服などをなかなか処分できなかった。

今処分しないと、これからもう処分できなくなる。そう思った。

家に帰って、ベランダを見た。洗濯物が干されていた。 姉の服があった。 昨日、姉が洗濯したものだ。

これを着る人は、もういない。

こういうものは処分しなければいけない。そう思った。でも、どうしてもその日は処分できなかった。

キッチンを整理すると、酒が出てきた。未開封の台湾ウイスキー。これをどうやって入手したのか、俺は知らない。ウイスキーが好きな友人がいるので、これはみんなで飲もうと思った。

飲みかけのジンやウォッカは処分した。

昼ご飯は弁当を買って、残り物の新玉ねぎの焼き浸しを食べた。

昨日、姉が作ってくれたものだ。やっぱりおいしい。 作り方を聞いておいて、本当によかったと思う。

新玉ねぎはまだまだ家にあるので、今後も作るつもりだ。今後、新玉ねぎの焼き浸しを作るたびに、きっと姉のことを思い出すのだろう。思い出が、こんな形で残るとは思わなかった。

洗面所で、姉の化粧品や美容グッズを処分した。一瞬、自分でも使おうかと思ったが、最低限のものだけ残して処分することにした。

「こんなに美容液を使うなら、そもそもタバコをやめたほうがいいのではないか」

という話をしたことを思い出した。当然、聞き入れてはもらえなかった。

3日目~6日目

姉の訃報をSNSで知らせた。 次々と姉の友人から連絡が来た。

想像以上に、姉は顔が広かったらしい。姉は、地元でも、小学校でも、大学でも、会社でも、趣味の世界でも、それぞれにコミュニティを作り、維持していた。

コミュニティの構築・維持に難儀している俺とは大違いだと思った。

俺は、姉のことを本当に何も知らない。

姉の友人と、葬儀屋で打ち合わせをした。 想像以上に人が来ると言われたので、慌てて通常のプランから、人数に合わせたプランへ変更した。

姉の持っていた楽器がたくさんあった。リビングに無造作に置かれていて、ずっと片付けろと言っていた(そしてやはり聞き入れてもらえなかった)ものだ。

その楽器を全部、友人たちに引き取ってもらった。もしかしたら、売却すればそれなりの値段になったのかもしれない。でも、売る気にはなれなかった。あの友人たちがその楽器を有効活用してくれれば、もうそれでいいと思った。

そのほうが、姉も喜ぶだろう。

7日目・8日目

葬儀をやった。一般人にしては、どう考えても多すぎる参列者が来た。

住職の読経をBGMに、焼香をして涙ぐむ参列者を見ながら、姉はこれだけ多くの人とつながって生きてきたのだな、と思った。

火葬場で、大きく丈夫な姉の骨を、職員が骨壺に収めていった。

火葬場の灰の匂いが生身の姉の最後の記憶になった。

お清めの塩を身体に撒いて帰宅し、喪服を脱いで仕事用のPCを立ち上げた。先週から今日まで仕事にならなかったが、打ち合わせでお客様にこれ以上迷惑をかけてはいけない、と思い直し仕事をした。

どのみち、葬儀での感情は整理・言語化できそうにない。

9日目~

葬儀が終わり、一つの山を越えた。 次の山が始まる。遺品整理である。

16Personalitiesの一覧が出てきた。どうやら、姉が前職の職場でメンバー全員と診断し、その結果をまとめたものらしい。姉は運動家(ENFP)だった。

情熱的で独創力があり、社交的な自由人。そのままだと思った。 建築家(INTJ)の俺とは、ほぼ正反対だ。

「うちの弟は私とは似ていない」

と 姉はよく言っていた。良い意味でも、悪い意味でも、だと思う。

俺もそう思う。

リビングや寝室は、モノだらけだった。 よく言えば、物を大事にする性分。悪く言えば、片付けられない性分。 姉の洋服や本を、とにかくまとめて捨てた。 少なくとも、大事にしていた本は棺に入れて燃やし、天国に送ったのだから、文句を言われる筋合いはない。

写真を整理しながら、ものを選り分けていく。よくわからない外国のコイン。古い写真。古い確定申告や領収書。勉強したであろうノート。古い文庫本。何かのフィギュア。イベントTシャツ。ズボン。地球の歩き方。期限の切れたパスポート。証明写真。キャッシュカード。クレジットカード。よくわからない飲み物。 手続きが必要なものだけを選り分けて、9割5分をゴミ箱に捨てる。

30袋以上のゴミ袋を出して処分した。粗大ごみは、まだ捨てられていない。

人の思い出は、きちんと整えないと廃墟になるのだと、積み上がったゴミ袋を見て思った。

姉は突然死んだ。多くの参列者が、その死を悲しみ、姉を偲んだ。

残された俺は、ひたすら遺品整理に追われている。

静かに死ぬのも、悪くないな、と思った。

人が来すぎて――もともと社交的ではない性分なので――、人と会うのに疲れてしまった、というところもある。老年の孤独死、という話がよく言われるが、それはそこまで悪いことではないのかもしれない。

強がっているだけなのか、本心からそう思っているのかは、自分でもよくわからない。

使っていない銀行口座やクレジットカードを引っ張り出して、解約手続きを申し込んだ。サブスクの一覧もまとめた。少なくともこれで、いきなり死んであたふたすることはないだろう。とは言え、俺が死んだところで、親兄弟はもういない。遺族になるのはもう従兄弟くらいだ。

それでも、後始末をする人を、あまり困らせたくはない。

会社の目標管理を検討した。目標管理の一環として、仕事プライベートを問わずに「夢」を定義する必要があった。

「いきなり自分がいなくなっても、困らないようにしたい」

と書いた。 仕事に関しては、間違いなくプラスに働く。システムを構築していて一番困るのは、その人しか知らないシステムだ。作った人間がいなくなった途端に、崩れてしまう。それでは意味がない。

属人化の排除は、大事なことだ。そういう意味では、仕事に即したいい夢だと思う。

プライベートでこういう夢を持つことが正しいのかはわからないが、もはや「正しさ」に、あまり興味が持てなくなっている。

親族のうち4分の3がいきなり死んでいる。年金に至っては全敗だ。

つくづく俺は、いろんな意味ではみ出し者なのだと思う。どうやって生きていくか、というよりは、どうやって人生を閉じるか。そちらに考えが及ぶようになるのも、そう遠くはないのだろう。

積み上がったゴミ袋に整理券を貼って出した。

リビングや姉の部屋の見通しが一気に良くなった。そうだ、子供の頃住んでいた家は、こんな感じだった。父と母と姉と僕と妹が住んでいた家だ。

ここには僕しか住んでいない。一人で住むにはあまりに広すぎる。整理しなければならないものはまだまだ多い。

きっとモノを片付け終わって、あの時の家を甦らせることができたのならば、その時は良い心持ちで、これからのことを考えることができるようになるのだろう。

文学フリマで買った本の感想 -世界文学航海日誌・本読みゾンビ・深夜街-

文学フリマ東京には出展者として参加したのだけれど、ただ出展するだけというのもなんだか味気ない。そういう思いもあって、本を買った。

買ったのは、出展していた読書会の友人や、ずっとTwitterで繋がってはいたものの長らくご無沙汰だった写真家の方々の本、それに文学フリマのタグで見かけて気になった本など。今回、僕が出展する側に回ってみて、感想を書いてもらうことがどれだけ嬉しいかがよくわかった。だから恩返しのような気持ちで、買った本の感想を書いてみようと思う。

世界文学航海日誌 (ぶっくるーず編著)

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海外文学好きのAsami(あさみ)、マヤ、しまうま、さやの4人からなるグループ「ぶっくるーず」の初刊本。書名の通り、世界文学を紹介する一冊。

ぶっくるーずのひとりであるAsamiさんとは、以前に読書会で何度かご一緒したことがある縁ではあったのだけれど、今回が(僕と同じく)初出展ということで、ブースにお邪魔して購入した。海外文学についてはほとんど知見がなかったので、これだけの熱量を持った人が、いったいどんなふうに本を読んでいるのか——純粋にそこに興味があった。

取り上げている国は、イギリスやアメリカといった英米文学が中心……かと思いきや、韓国、アルゼンチン、はてはアンゴラまで。思った以上にバラエティに富んでいる。

面白かったのは、本の前半と後半とでテンションが明らかに違うところだ。

前半のブックトークは、海外文学を知らない人に向けて語り口がやわらかい。本の概要を説明し、たとえば「フェミニズム小説が苦手な人にこそ読んでほしい」と、エクスキューズも交えながら丁寧に紹介していく。実際、『三つ編み』や『過去を売る男』は自分にはあまり縁のない話ではあるものの、「少し読んでみようかな」と思わせてくれる語り口だった。本の紹介としてオーソドックスなスタイルである。

ところが後半の「偏愛本語り尽くし」のパートに入ると、いい意味で読者を置き去りにして、ぐっとギアを上げている。たとえばAsamiさんの偏愛本『秘密の花園』の章。まるまる一ページを使って紹介しているのだが、書かれているのは登場人物の紹介だけ。主人公がいかにして再び能動的に動き出すことになるのか、それがAsamiさんにとって体重の乗った感想だというのはよく伝わってくるのだが、そもそもこの本がどんなストーリーでどんな話なのか、その概要はまるでわからない。ほかの偏愛本の紹介も、だいたいこの調子で、本の「あらすじ」というものは見えてこない。

しかし、それだからこそ、この本が著者の心を動かして一ページを書かせるだけの魅力を持っているということが、はっきりと伝わってくる。「本を読んで感情を揺さぶられる」というのは、確かにこういうことだよなと、妙に納得してしまった。

巻末に海外文学のQ&Aや、本書に登場した主な本の一覧がまとめてあるのも好印象。総じて、「とりあえず一冊読んでみようかな」と思わせてくれる構成になっていて、海外文学の入門書としてとても良い一冊だと思う。

年間365冊読む本読みゾンビ(雨宮仁美)

年間365冊読む本読みゾンビの生態報告書

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年間365冊読む本読みゾンビの狂気の1年間の読書日記

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年間365冊、つまり1日1冊のペースで本を読む「本読みゾンビ」による二冊。

年間100冊といった多読を売りにする読書アカウントはよく見かけるけれど、実際に本当にそれだけ読んでいるのか、いったいどんな生活をしているのか、というのはあまり知らなかった。それで興味が湧き、購入してみた。

『生態報告書』に書かれているのは、どうやって本読みゾンビになったのか、今はどんな仕事をしているのか、といったプロフィール的な内容から、本をどう読んでいるのか、一日のスケジュールはどうなっているのか、まで。 「電子VS紙どっちで読む?」「1日のスケジュール」「本を見つける方法8選」「本を読むための時間術4選」の項は、本読みゾンビだからこそ説得力があったり、興味深いと思えたりする内容が多かった。

個人的に一番良かったのは「本を読むための時間術4選」だ。 挙げられているのは、

  • テレビやゲームはやらない
  • 二次会には行かない
  • ショート動画は観ない
  • こだわりのないものは選ぶ時間や回数を減らす

の4つ。

年間365冊読むのなら、これくらいはやるだろうな、という納得感はあった。が、それと同時に、僕は「本読みゾンビ」にはなりたくない、とも思った。

二次会には行かない、ショート動画は観ない、こだわりのないものは減らす。これらには同意できるし、何か集中したい物事があるなら削った方がいい、というのもわかる。

しかし問題は「テレビやゲームはやらない」である。 テレビはともかく、「ゲームをやらない」は絶対に選びたくないと反射的に思った。最近、人生の棚卸しも兼ねて聖地巡礼にも行ったのだが、ゲームというものが、僕の人生に深く根ざしたものだと、改めてわかってしまった。 だからゲームをやらないという選択肢はない。なんなら、今後ゲームと読書のどちらか片方しかできないとなったら、ゲームを選ぶ可能性すらある(結論は出ていないが)。

自分が何を大事にしているのか、という優先順位が、思わぬ形で浮き彫りになった。

もう一冊の『狂気の1年間の読書日記』は、1月1日から12月31日まで、何を読んだのかをひたすら綴った日記である。1日1冊のペースを365日守りきっている、というのがまず驚きだった。

いくら本を読んでいるとはいえ、一日でよく読み終わるな、と不思議に感じていたが、『生態報告書』に 「『100分de名著』を読んでいたら読書体力がついた」 と書いてあったのを思い出した。 巻末には読んだ本の一覧があり、『100分de名著』の本が多かった。確かに当番組は時折、面白い特集をしていて、自分も観ることがある。 『100分de名著』、今月来月は本を買って読んでみる。

今後の読書について考えること、そして読書が自分にとって何なのか、ということを改めて感じさせてくれた。他人の極端な生活を読むことは、結局、自分の生活の輪郭をなぞる行為に他ならないのかもしれない。

深夜景5・江川海岸

Twitterで相互フォローとしてゆるく繋がっていたTakahiro Yoshidaさんの写真集。タイトルの通り、深夜の町の風景と、江川海岸の風景を、それぞれ撮影したものだ。

『深夜景5』は、舞台が神保町だったので即購入した。撮影されたのは、三省堂書店神保町本店の最終営業日——改装前の最後の営業日の時期で、どこか懐かしい感じがした。ほかにも、よく行く店のシャッターが閉まっていて、街灯と車のライトだけが存在する街の姿。自分の知らない神保町の様相が見られて、とても楽しい。*1

『江川海岸』は、2017年当時の江川海岸の風景。海の中に電柱が立っている光景は、確かに珍しく、幻想的ですらあった。僕は特に夜明けの景色が好きなのだけれど、江川海岸の夜景というのも、夜明けとはまた違った趣があって、とても楽しい。

TakahiroさんはInstagramでも夜景の写真をアップしており、写真集のタイトルからもわかる通り、夜景をよく撮影している。

www.instagram.com

写真集というものはあまり買わないのだけれど、こういう夜景は、改めて自分の好きなものなのだなとわかる。二冊に共通しているのは『電気』だ。自分の知らない街や風景の様相が見られること、電柱や街灯といった電気の灯りのようなものが、僕は好きなのかもしれない。思えば、秋葉原のようなネオンサインの輝きが、子供の頃から好きだった。夜はワクワクする時間——子供の頃からのその気分を、今もまだ引きずっているのだろう。

*1:写真集という本の特性上、引用ができないのがもどかしい。

聖地巡礼三日目 -内省の時間、人生の練習-

午前6時半に目が覚めた。いつもよりずっと早い時間である。

 

聖地巡礼として予定していた場所は、前日までにほとんど回り終えていたこともあり、この日は、どこかを目指すというより、旅のあいだに浮かんできたものを少し整理する日にしようと思っていた。

 

 

だから午前中にどこかへ観光をするという用事があるわけでもなく、もっと遅く寝ていてもよかったのだが、目が覚めてしまったので、身支度を整えて朝食バイキングへ。

 

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朝食ビュッフェ会場からの眺望が素晴らしい。

部屋も非常に快適だったので、神戸に泊まるときは今後もここにしようかと思うくらいには良いホテルだった。


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「旅行に来るとついつい食べ過ぎてしまうから」と野菜中心にしようと思うのだが、気がついたらいろいろ取ってしまっている。ホテルのデザートはなぜこんなにおいしいのだろう。

 


朝食を終えてチェックアウトまで時間があったので、摂取したカロリーを少しでも消費しようとSwitch 2のFit Boxing 3をプレイした。

 

久々にプレイしたが、結構な運動量だった。聖地巡礼の1日目と2日目はどちらも20,000歩以上歩いていたので、Switch 2を持ってくる必要はなかったのではとも思ったが、持ってきて正解だった。

食事を打ち消すほどの運動量にはならないけれど、運動が習慣化されているということを意識できるだけでも、持ってくる価値はあった。

 

11時にホテルをチェックアウトし、三宮へ。

昼食はすでに目星をつけていた。グリル一平である。

grill-ippei.co.jp

 

 

数年前に兵庫へ仕事で来たとき、仕事終わりに食べたデミグラスソースが忘れられなかった。

 

 

ランチもやっているというので向かったのだが、まさかの47組待ち。いつの間にか大人気店になっていて、順番待ちのDX化まで進んでいた。静岡の「さわやか」クラスの人気店になっているとは思わなかった。

 

 

とりあえず受付をして、1時間ほどカフェで時間を潰すことにする。

 


神戸らしいカフェがいくつかあったが、どこも行列していて入れる状況ではなかった。考えることはみんな同じである。諦めて近くのドトールに入り、本を読んで過ごした。

 


1時間半ほどして入店。注文を受けてからさほど時間もかからずに料理が出てきた。オペレーションが洗練されている。

 

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ビーフカツレツ。前回来たときから気になっていたメニューだったのだが、期待を裏切らず、デミグラスソースとカツレツのハーモニーが素晴らしかった。

 

減量中なので揚げ物は基本的によろしくないのだが、デミグラスソースに絡む衣は間違いなくおいしいと確信できたので、旅行中はやむを得ずと自分に言い聞かせて食べた。

 

 

食事を終えて、大阪へ。聖地巡礼は一通り終えていたので、無理に観光するよりは内省の時間に充てることにした。ドトールで読んでいた『台北プライベートアイ』が終盤にかかってきていたので、最後まで読み切りたい気持ちもあり、ホテルにチェックインし、近くの図書館を探す。

 

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大阪中之島図書館。実際に行ってみると想像以上に堂々とした建物でびっくりしてしまった。

 

中は本館と新館に分かれており、本館は昔からの建物らしい静謐な雰囲気だった。カフェが併設されていたが、案の定行列ができていた。諦めて閲覧席を確保し、読書をしながら今年の振り返りを軽く行う。

 


読書もはかどったが、Claudeとやり取りしながらの振り返りが思ったより成果が出て驚いた。今年も5ヶ月に入っているので、GoogleカレンダーやNotionのメモを読み込ませて、自分がこれまで何をしてきたのか、何をしようとしてできなかったのかを一緒に振り返った。

 

文学フリマへの出展という大きな成果がある一方、部屋の片付けはいつまでもできなかったり、電子工作の勉強が進んでいなかったりという悩みも明らかになった。

 


振り返りを進めていくうちに、自分が「成果が出せなければ価値がない、埋もれる」という観念に強く囚われていることがわかった。

 

これは大学時代からずっとある観念で、成果が出なければ埋もれて見捨てられる、という感覚がある。自分を苦しめるだけであまり良い観念ではないとは思うものの、これを脱ぎ捨てるような体験ができず、どうしても取り憑かれてしまう。

 

 

この観念をすぐに否定することはできないので、その観念を前提としたうえでどうやって過ごし方を変えるかをClaudeと一緒に相談しながら、明日以降の方針を考えていった。

 


こういった「明日以降どうしようか」という問いは、袋小路に陥ったりアイデアが出なくて右往左往することがあった。でも、壁打ち相手ができてからだいぶ楽になり、何をするべきかが明確になってきたと思う。生成AIの恩恵は、個人的には「いかに明日以降を生きていくか」をクリアにしやすいところにあると感じている。

 

 

17時に図書館が閉館したので、ホテルに戻って読書の続き。無事に『台北プライベートアイ2 DV8』を読み終えた。

 

 

 

読書の感想を手書きでノートに書いてから大浴場へ。そして予定していた、関西の友人たちとの飲み会へ向かった。

 

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もともとロールプレイ人狼を不定期にやる間柄ではあったが、こういった飲み会の機会はあまりなかったので、友人に頼んで人を集めてもらった。

 

考えてみれば、「人を集めてくれないか」と誰かに頼んだことは、人生で一度もなかった。もうすぐ50になるが、いまだに人生の練習をしなければいけないような状況なのだなと思うと同時に、そうしなければいけないのだから仕方がないよな、とも思う。

 

飲み会は楽しかったので、頼んでよかった。自分の人生をよくしたければ、練習を丹念にするしかない。

 

 

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ホテルに戻り、電気ケトルで湯を沸かして飲む。ただのお湯だけど、酒を飲んだあとの身体には染みる。

 

今年に入ってから自宅用に電気ケトルを買ったのだが、白湯を飲む習慣がついた。それが功を奏したのかはわからないが、体調は崩さないで済んでいる。

 

旅の記録や読書の感想をノートに書く。人に「飲みたいから人を集めてくれないか」と頼む。酒を飲んだあとに白湯を飲む。

 

きっと一つ一つは大したことではなきのだろう。でも僕にとってはどれもある種の重大さと切実さがあるし、そういう小さな練習を積み重ねた先には、まだ知らない別のところに行き着くことができると、心のどこかで信じている。

聖地巡礼2日目 -SNATCHER「ネオ・コウベ・シティ」でOne Night in Neo kobe cityを吹きたい

午前6時起床。

 


いつもよりずっと早い時間に起きたが、理由がある。『十七歳だった!』の聖地巡礼のためである。

 


「M本さん。大切なお話があります。明日午前六時、旭川の河原へ来てください。後楽園正門前の竹久夢二の碑の下あたりで待っています。
君が来るまで待っています。原田」

手紙の内容は大体こんな感じであった。本当はもっとコリコリに凝った美文調のものも書いたのだが、何だか気合いが入りすぎちゃって我ながら恥ずかしくなっちゃったのである。呼び出しの手紙なんだから、こういうメモみたいな感じでサリゲナク仕上げたほうがカッチョいいだろうと判断したのである。「君が来るまで待っています」という一文が、この手紙の最大のポイントだなと一人悦に入っていたのだが、今にして思うとこれはもうほとんど脅迫である。『愛と誠』の岩清水かお前はッ、と言いたくなる。(P.30〜31)


というわけで、午前6時に竹久夢二の碑に行くために起床した。*1

 


レンタサイクルを使って、竹久夢二の碑へ向かう。

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原田宗典は結局、4時半に起きてここに到着し、6時までずっと待っていた。しかし、結局M本さんとはごく普通の世間話をして終わってしまい、その直後に振られてしまうのであった。

 


とはいえ、こういった河原で早朝から高校生の男女が会話をするというのは、それ自体が青春の一ページみたいでうらやましくもある。

 


他に特に用はなかったので、ホテルに戻って朝食を食べる。

 

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とりあえず蒜山とか白桃とか、岡山っぽい名前のついたものを手当たり次第に取って食べる。少し食べ過ぎた気もするが、今日はそれなりに歩く予感がしたので、多少食べ過ぎるくらいでもちょうどいいと自分に言い聞かせた。

 


ホテルをチェックアウトして、第二の目的地、神戸へ。

 

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新神戸到着後、レンタサイクルを借りて王子町へ。坂が結構多かったので、電動サイクルは本当に便利だと思う。

 

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神戸文学館。

 


小泉八雲が神戸に滞在していたこともあり、展示があった。『ばけばけ』をちゃんと視聴しておけばよかったなと、少し後悔する。

 


他にも、震災や大空襲をテーマにした作品の展示などもあり、思った以上に見応えがあった。

 


考えてみたら、震災に関する文学というのは出てきてしかるべきだと思った。東日本大震災が起こって15年が経つが、それに対する文学作品というものを、自分はあまりチェックしていなかった。確認してみようと思う。

 

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横尾忠則現代美術館も、名前だけは知っているので入ってみようかと思ったが、残念ながら休館だった。

 


電車に乗って、芦屋へ。

 

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とんかつ屋「む藏
https://tabelog.com/hyogo/A2803/A280302/28056434/」のヘレカツ定食。ヒレカツではないらしい。

 


最近は減量中ということもあって、意識的にとんかつ屋での食事は避けていた。ただ、『ぼくも十七歳だった!』の中でとんかつに関するエッセイを書いた。その聖地巡礼なのだから、食べた方が良いだろうと決めて、入店。

 

 


豚肉の旨味と衣の香ばしさがマッチしていて、非常においしかった。塩もあったので塩で食べてみたが、ヘレカツは塩よりもソースで食べる方が好みだった。

 


食事を終えて、谷崎潤一郎記念館へ。

 


このあたりは残念ながらレンタサイクルのエリア外であるため、おとなしくタクシー、バス、徒歩を駆使しながら目的地へ向かう。

 

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谷崎潤一郎は熱烈なファンの方がいることもあり、一度見てみようという興味本位で入ったが、谷崎潤一郎をほとんど知らなくても楽しめる内容だった。

 


谷崎潤一郎の生涯や作品の系譜がわかりやすく展示されており、どれか一つ読んでみようと思えるような展示だった。

 


幸い、谷崎潤一郎の作品は青空文庫にあるものも多かったので、Kindleでダウンロードしてみた。『痴人の愛』から読んでみようと思う。

 

 

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谷崎潤一郎記念館を後にして、芦屋温泉の足湯につかり、足の疲れを癒す。

 


電車で三宮に戻り、再びレンタサイクルを借りて北野異人館へ向かった。

 

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萌黄の館や風見鶏の館などを見学しつつ、街並みを楽しむ。確かに建物は洋風は洋風でも、現代日本の家とはまったく違う感じで、本当に異国に迷い込んだような気分になる。

 


歩きながら、ふとスナッチャーの聖地巡礼の一環で来ていることを思い出す。

 


ここは異人街で、教会も多い。

 


『スナッチャー』の終盤で教会が出てくるが、もしかしたらモデルとなった教会はこの近くにあるのではないか。そう気づき、歩いたり、教会の画像をChatGPTに上げて似たところはないか確認したりしながら探す。

 


果たして、見つかった。

 

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神戸ムスリムモスク。

 


教会ではなくイスラム教の施設なのだが、実際の画像を見る限り、ほぼ一致しているので間違いないと思う。

gameflame.seesaa.net

 


たまたま礼拝の合間だったため、案内をしてもらう。案内をしてくださったのは新井アハサンさんという方で、パキスタンから来て50年ほど日本で過ごしているとのことだった。

 


神戸ムスリムモスクは、神戸大空襲でも阪神・淡路大震災でも崩れずに残っていたらしい。そのことを写真で紹介していただいた。非常に堅牢な建築である。

 


他にも、ムスリムの風習やこのあたりの神戸のことなども親切に教えてくださって、非常に面白かった。

 


礼拝の時間は一日5回だが、それが電光掲示板で表示され、管理されているのが個人的には面白かった。

 


東京の渋谷、代々木にも似たムスリムモスクがあるらしいので、機会があれば行ってみようと思う。

 


夕方になって、ホテルにチェックインできる時間帯になったので、レンタサイクルを返し、三宮からポートライナーで市民広場へ向かい、ホテルへチェックイン。

 


だいぶ歩いたので、しばらく靴と靴下を脱いで仮眠を取った後、夕飯を食べに三宮へ向かった。

 

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夕飯は「明石焼き 蛸匠[
https://tabelog.com/hyogo/A2801/A280101/28074958/]」の明石焼き。

 


『スナッチャー』には、「ネオコウベ焼き」という明石焼きによく似た食べ物が出てくる。熱く煮立った出汁の中に生地を入れて、しばらくすると浮島のように浮かんでくるので、それを食べるという、ゲームの中のオリジナル料理である。

 


一度やってみたい、試してみたいとは思うものの、実際に明石焼きを見てみると、出汁に入れても生地は沈むばかりで、浮く気配がない。もっと薄くしたり、生地の中身を変えたりしないと、浮島のようにはならないと思う。

 


明石焼きはおいしかったが、ネオコウベ焼きを作るのは難しそうだなと思う。具材を入れたら沈んでしまう気がして、どうしたら良いのかアイデアが湧かない。

 


食事を終えてホテルに戻り、機材を手に北公園へ向かった。

 


日本三大夜景の一つが神戸にあり、摩耶山掬星台からの眺望がそれにあたるが、ポートアイランドから眺める神戸の夜景も、なかなかだと思う。

 


『スナッチャー』の舞台はネオ・コウベ・シティという架空の都市だが、埋め立て地を元にした都市とあるので、モデルはポートアイランドで間違いない。事実、かつてコナミの神戸開発センターはポートアイランドにあったので、モデルにしやすかったというのもあるだろう。

 


となると、『スナッチャー』で描かれている街並みの背景などは、ポートアイランドから見える夜景を参考にして描かれたと思われる。

 

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北公園からの夜景。

 


『スナッチャー』のテーマ曲「One Night in Neo Kobe City」。神戸の夜景をネオ・コウベ・シティの背景に見立て、EWIで吹いてみる。

 

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残念ながらEWIの腕前はまだまだのため、人に聴かせることはできないが、1人で撮影をしながら吹いてみるだけでも想像以上に楽しかった。ちなみにヘッドホンでつないでいるので、音漏れはしていない。

 


いつかは、吹いている姿と自分の演奏をミックスさせて、ちょっとしたミュージックビデオを作れたらいいな、という妄想もしている。

 

youtu.be


改めて聴いたが、「One Night in Neo Kobe City」は名曲だと思う。

 


PC-88版でしか使われていない「Twilight in Neo Kobe City」も同様に良い曲だが、「One Night in Neo Kobe City」は、少し寂しい曲調が、主人公の立場と、これからの冒険を表す雰囲気と合わさった名曲だと思う。

 


ただし、そもそもスナッチャー自体の知名度が低く、この曲の知名度も高いとは言えない。

 


『スナッチャー』自体がすでに30年以上前の作品だし、移植や復刻も限られている。そういった意味では、『スナッチャー』は現代によみがえっていない。

 


現代によみがえっていない作品は、だんだん影が薄くなり、無かったものになってしまう。

 


昨今、昔の作品がリブートやリメイクされることが多い。懐古趣味であるとか、新規IPを作る能力がないと揶揄されることもある。

けれど、実際に「One Night in Neo Kobe City」を神戸で吹いてみて、考えが変わった。

 


リメイクやリブートは、IPを続けるため、生き残らせるため、絶やさないための方法だった。

 


どんなに素晴らしい作品でも、作り続けていかないとIPは消滅する。

 


事実、忠臣蔵が放送されなくなってから、若い世代では忠臣蔵を知らないという人も出てきている。放送されない。出版されない。語られない。そういうIPは、死に絶えてしまうのである。

 


『スナッチャー』は確かに、シナリオは荒い。

 


小島秀夫氏のその後の『ポリスノーツ』や『メタルギア』シリーズ、『デス・ストランディング』に比べれば、明らかに完成度は低い。

 


それでも、高校の時に聴いた「One Night in Neo Kobe City」は名曲だと思ったし、30年以上歳を取ってから聴いても、今でもやっぱり良い曲だと思う。EWIで吹いてみても楽しかったし心が弾んだ。

 


自分の好きだったものが、いつまでもあり続けるわけではない。

 


作品化されなかったり、誰も話さなかったり、語られなかったり、作られなかったりすると、それはなくなっていき、なかったことになってしまう。

 


それが猛烈に嫌だ。

 


原田宗典の文体は、やっぱりエッセイとしてゲラゲラ笑えるし、『スナッチャー』の「One Night in Neo Kobe City」は名曲である。

 


何とかして、自分が良いと思うもの、自分が好きなものを、絶やさないでいられるだけの力をつけられたらと思いながら、最近は生きている。

 


ホテルに戻り、コンビニで買ったカフェラテを飲みながら就寝。

 


昨日も今日も、20,000歩以上歩いているらしい。明日、ちゃんと動けるか少し心配になった。

*1:作中で原田宗典氏は3時に起きて4時半に到着したが、さすがにそこまで合わせる気力はなかった。

聖地巡礼1日目 -原田宗典「十七歳だった!」

ゴールデンウィークは文学フリマなど、一日単位でのイベントが多かったため、旅行のように複数日かけてやることができなかった。

 


ただ、文学フリマに合わせて原田宗典の『十七歳だった!』を読み返していて、一度、岡山へ聖地巡礼をしてみてもよいのではないかと思い立った。

 


そこでゴールデンウィーク明けに休暇を取るチャンスがあったので、休暇を取得し岡山県へ向かうことにした。

 

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岡山駅前に到着すると、桃太郎像がお出迎えしてくれた。そういえば、岡山県に上陸したのは初めてだったと思う。

 

新幹線に乗ったのが11時過ぎで到着が14時半。昼食を食べるタイミングを逃してしまったので、岡山駅周辺でどこか入れる店はないかと探す。

 

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「ニコニコキッチン さんさん(https://tabelog.com/okayama/A3301/A330101/33001305/)」のハンバーグオムライス。

 


ふわっとした卵の上にハンバーグがのっていて、さらにその上からデミグラスソースがかかっている。見た目の時点で、かなり強い。

 

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オムライスの中に入っているライスは、いわゆるケチャップライスではなく、黒いピラフだった。醤油で味付けされたような香ばしい米で、それがデミグラスソースとよく合う。

 


岡山で最初に食べたちゃんとした食事として、かなり満足度が高かった。


昼食を無事に終えてホテルにチェックインし、そこから交通手段を探すことにした。

 

こういう観光地には、大体レンタルサイクルみたいなサービスがどこかしらにあると踏んで探すと、果たしてレンタサイクルがあった。

docomo-cycle.jp


サービス登録をして利用開始。

電動自転車というのは本当に便利だと思う。小回りが利くうえに待ち時間が少ない。こういったサービスはもっと広がってほしい。LUUPがそうなのかもしれないけれど、個人的にはキックボードよりも自転車の方が便利だと思う。

 


原田宗典『十七歳だった!』の聖地巡礼ということで、最初に行くべき場所は一か所しかない。

 

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岡山県立岡山操山高等学校。原田宗典の通っていた高校である。下校時間を過ぎているからか、人の姿はあまりなかった。

 

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校門の近くには全国大会の表彰が並んでいて、その数は想像以上に多かった。後で聞いた話だと、やはり操山高校は進学校として名高いらしい。

 

(以下、特に記載が無い場合は「十七歳だった!」(原田宗典著、集英社文庫、1996年)からの引用とする)

昭和四十九年、僕が入学したのは操山高校と言う名前の県立高校であった正式名称は「岡山県立岡山操山高等学校」というのだが、なんだかヤケに岡と山がたくさんあって回りくどい。岡山県立岡山操山高等学校岡山県立岡山操山高等学校岡山県立岡山操山高等学校と三回唱えると、頭の中がすっかり岡と山でいっぱいになって気が狂って死ぬ、と言う呪いが籠められているのではないかと疑うばかりの回りくどさである。したがって誰もこの高校を正式名称で呼ぶものはいなかった。地元の人々は学生を含めてみんな、単純に「ソーザン高校」と呼んでいた。(P.10)


作中には鬱屈した不良たちも出てきたが、そういった鬱屈した高校生が、今もどこかにいてくれるといいなと思う。そう思うのは、自分がもう40歳を過ぎ、高校生とは程遠い人間になったからだろう。


さすがに校内には入れないので、写真だけ撮って退散した。

 

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その後、岡山後楽園と岡山城へ向かった。

 


こちらは『十七歳だった!』の作中には特に出てこないが、せっかく岡山県に来たのだから、ちゃんとしたベタな観光地も回ってみようと思った。

 

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後楽園は、思っていたよりも広々としていた。晴れていれば散策するのにちょうどよさそうな場所である。

 

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岡山城から外を望む。

 


あいにく窓に囲まれており、外に出られるわけではないが、それでも窓から眺めるには十分な見晴らしだった。

 


城内では、ガイドとして小早川秀秋や宇喜多秀家、池田輝政の紹介、そして岡山城の変遷が説明されていた。

 


岡山といえば宇喜多秀家のイメージがあったが、宇喜多は西軍である。そう考えると、たしかに江戸時代以降は東軍側の大名が支配していたことになる。

 


他の県の人にしてみれば、「ここは誰それの城下町」という意識があったりするのだろうか。それとも、さすがにもう、そんなことはあまり関係ないのだろうか。

 


岡山城から出ると、地面が濡れていた。どうやら通り雨があったらしい。

 


まったく気づかなかった。ラッキーである。

 

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自転車で向かったのは、天神山文化プラザ。

 


作中では、友人のK哉くんに連れられていく先である。

 


ところで、この「K哉くん」が、文庫版『十七歳だった!』のカバーを手がけていた原研哉氏のことであると知るのは、ずいぶん後のことである。

 


「で、どこへ行くのだ?」

しばらくして、僕は我慢しきれずにそう聞いた。

「文化センターじゃ」

というのが、K哉くんの回答であった。

文化センター?なんだろうそれは。よくわからないけれど、とにかく文化がセンターしている所なのだな。あるいはセンターが文化している所なのか。いずれにしても文化が集まっていそうなところに間違いあるまい。そういうところで何をしてサボるのだろう。まあいいや。ドキドキドキ。(P.72)

 

などと桃色の想像力を駆使してK哉くんの後についていくと、彼は図書館のような場所を通過して、奥の自習室へと到った。室内はガラガラである。彼は大きな机の真ん中の席を陣取ると、おもむろに鞄の中から参考書と問題集を取り出して広げた。

「おいおい、何やっちょるんだ?」

そう尋ねると、K哉くんは黒縁のメガネのレンズをきらきらーんと輝かせて、

「何って、勉強じゃがな」

「だってお前、サボるんじゃないのか」

「じゃから学校サボって、自分で勉強するんじゃがな」

ぼくは渋谷公会堂のステージと勘違いして銭湯の女湯に登場してしまった森進一みたいな顔になった。まさにガチョーンである。(P.73)

 


現在の天神山文化プラザを見る限り、自習室は見当たらなかった。建て替えや改装などで、なくなってしまったのかもしれない。

 


特に中へ入る理由もなかったので、そのまま次の目的地へ向かう。

 

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奉還町商店街。

 


時間が遅かったこともあり、シャッターが下りている店も多かったが、思った以上に学生の姿が多い。

学習塾や、学生の交流の場のような施設も見受けられた。

 

 

ここで知り合ったイリミテ派の高校生たちは、最初に登場したN岡くんをはじめとして、みんなものすごい読書家で、弁も筆も立つ奴ばかりであった。この連中に揉まれ、負けまいとして乱読し、文章も書き始める中で、ぼくは本格的な文学青年として踏み出したのである。

断言してもいいけど、あの喫茶店がなかったらぼくは今のように文章で身を立てていないはずである。それくらいのインパクトが、イリミテとそこに属する高校文学青年たちにはあった。

そのイリミテが店を閉めてしまってから、もう八年がたつ。ぼくとしては帰る家を失ったような気分が、今も続いている。(P.150〜P151)


現在の奉還町商店街には、ダイニングバーなどもある。ただ、高校生が入り浸るような雰囲気の店ではなかった。

 

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一方で、レコード展や映画の資料がたくさん集まっている、マニアックな店もあった。こういう、高校生の多感な感性を刺激してくれるような店が、今も残ってくれているといいなと思う。

こういった場所で本を読んだり、あるいはゲームをやることができたら、僕の人生ももう少しは人と取っ組み合うということを学べた人生になったのかなと思う。

 

 

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夕飯は特に決めていなかったが、店名だけで決めた。「ぼくも十七歳だった!」の装丁担当Michelle氏に改めて感謝して店内へ。

 

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[みっちゃん](https://tabelog.com/okayama/A3301/A330101/33010748/)

の豚モダン、チーズトッピング。

疲れた体に濃いめのおたふくソースが染みた。食べ終わった後で、今日ぐらいはビールやハイボールを飲んでも良いなと気付いた。

 

 

 

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今日一日をこれで終えるのがなんだか名残惜しくなって、ホテルで晶光ベイブリーズを飲みながら岡山夜景を眺めて本を読んだ。

バカバカしい体験は同人誌を出すくらいにはしてきたけど、負けないようにと切磋琢磨する機会は高校時代に無かったのだなと振り返って思う。

 

 

今活動しているのは、その無念や残滓を未だに追い求めているのだと思う。

 

 

1日に35000歩歩いたさんぽ神の記録

さんぽ神というゲームがある。

drosselmeyers.com

以下、ゲーム紹介。

このゲームをペラペラめくると、「どこで」「なにをする」という神のお告げが、1936種類も出てくるぞい。

「緑の多い場所で」「ふだん聴かない音楽を聴こう」 「高い建物を目指して歩いて」「動物の絵を探そう」

プレイヤーはそれに従って、実際に街を散歩するんじゃ。勝ちも負けもなし!どうじゃ?神ゲーの予感じゃろ?

単語帳のようなカードをめくって、実際に町を歩く神ゲー。タウンビギナーの名を持つものとして、このゲームをやらないという選択肢はありえない。友人から誘われて、今回が2回目の参加である。

普段の散歩であれば、特に目的も決めずぼんやりとエリアを決めて散策するだけだ。 しかし、さんぽ神ではそうはならない。クリアすべき目的が必ず神のお告げとして出てくる。そしてこちらの目的に関わらず、街はこちらの都合を聞いてくれない。
だからこそ、普段なら何も気に留めないような看板、地名、ビルの谷間の公園、道路標識、誰かの記憶の中にだけある不穏な場所まで、急に意味を持ち始めることになる。

以下、さんぽ神を遊んだ記録を書く。雰囲気だけでも味わっていただけると幸いである。

ちなみにさんぽ神にルールとして記載されているわけではないが、「移動中、目的を達成するまではGoogle Mapを参照してはならない」という独自の縛りプレイを追加したルールで遊んでいる。

出発点は前回の終着点。赤坂見附。 しかし同行者の一人、futo氏が電車遅延で大幅に遅れると連絡があったため、まずはsgmt氏、Michelle氏、タウンビギナーの3人で行動開始。 最初のカードはこちら。

【一級河川を渡って】【公園を見つけるごとにラジオ体操をしよう】

そもそも一級河川って何?と調べてみた。こういうときChatGPTは非常に便利。


一級河川は、国として特に重要だと指定された水系に属する川です。
洪水対策や水利用の面で、全国的に影響が大きい川が対象になります。たとえば利根川や荒川などです。

違いは、ざっくり言うと重要度と管理者です。

  • 一級河川:国が指定。基本は国土交通大臣が管理
  • 二級河川:地域的に重要な川。都道府県知事が管理
  • 準用河川:市町村が指定・管理
  • 普通河川:それ以外の小さな川などで、河川法上の河川ではないもの

つまり、「一級」は川の大きさやきれいさのランクではなく、国として管理する重要性の区分です。


国が指定するような川だから、大きな川を目指せばよさそう。

しかし問題は、ここが赤坂見附だということである。川があるような場所ではない。近くに川がないか、街中にある地図を探してみる。Google Mapを使えないので、こういう時に街中の地図というものがいかに大切かがよくわかる。

近くに川らしい川がなく、あったと思ったら堀だった。ひとまず新橋の方へ行けば海の方に出るだろうということで、虎ノ門や新橋に向かう。

10時出発だが、意外と日差しは強い。公園に差しかかったらラジオ体操をしなければならないが、公園らしい公園は特にない。都心なので、この近くであれば芝公園があるはずだが、それ以外は確かに公園はなさそうだ。と思いきや。

ビルの谷間に、しっかり公園があった。ビルに囲まれていたので公園と認識していなかったが、この看板を見る限りは公園である。公園に着いてしまったので、YouTubeでラジオ体操を再生し、三人でラジオ体操第一をやる。

直立不動の姿勢から、きちんとラジオ体操第一。 通行人が見ているような感じもしたが、羞恥よりも自身の健康であり、そもそも羞恥を感じる理由などない。こちらは公園で朝から健康のためにラジオ体操をやっているだけである。

堂々とラジオ体操第一を完遂。

子供の頃は、朝6時に起きてやるラジオ体操の何がいいのか全くわからなかったが、大人になった今だとよくわかる。身体をほぐすのにちょうどいい。

実際、歩いている最中、右側の肩甲骨に違和感を感じるかなというレベルで少し痛かったのだが、ラジオ体操第一をやったあと、違和感が少し軽減された。ずっと続いているだけのことはある。

道中futo氏と合流し、川へ向かう。途中に(予想通り)芝公園があったので、こんどは四人でそこでラジオ体操第二を行う。運動強度はラジオ体操第二の方が強いなと思いながら実行。しかし3分そこいらで体をアクティベートさせることができるのであれば、確かに効率的ではある。ラジオ体操はよくできている。

芝公園で外国人が写真を撮っていたが、確かに東京タワーと寺が同時に入るというのは、フォトスポットとしてよくできている。

芝公園を通り抜けて、地図にあった川に到着。古川というらしい。看板などがないので、一級河川かどうかわからない。判定のためにネットで調査。

まさかの二級河川だった。無念。

地図を探し、日の出の方に行けば運河がある、という推理に至り、芝浦の方を目指す。

新芝浦橋に到着。ここの芝浦運河を調べたところ、一級河川であることがわかったので、ようやく第一ミッションクリア。ここまで2時間経過。一級河川を探すのは、場所によって難易度が全然変わる。

次のお題を引く。

【カッコいい地名のところで】【誰かに電話してみよう】

カッコいい地名はどこか?というところで、周りを探してみる。芝一丁目は、よく考えたらカッコいいのではないかという意見に賛同が集まる。つまり、満場一致で「芝」はカッコいいということに決定。

ミッションをクリアしたので、誰かに電話することに。共通の知人がいいということで、試しに名古屋にいる友人に電話してみることにした。

電話に出た。どうやらイノシシを食べているらしい。「俺もイノシシが食べたい」みたいな軽い会話を交わして終了。みんな、いろんな休日を楽しんでいる。

時間がちょうどよかったので、近くにあった隠れ家dining 芝nekoで昼食。

調子に乗って、昼間からビールを飲む。沖縄ポークカレーも美味しかった。

次のお題へ。

【カタカナの入っている地名のところで】【高級なものを探そう】

カタカナの入っている地名。たまプラーザ、高輪ゲートウェイなど、いろんな意見が上がるが、港の方に行けば「ボートなんたら」というような地名が見つかるのでは?という意見があり、とりあえず新橋・ゆりかもめ・竹芝の方を目指すことに。

道すがら、新橋SL広場にあるような車輪だけのオブジェがあったので、珍しいと思い写真を撮る。

新橋赤レンガ通り?

カタカナの地名である。予想外のクリアをしてしまった。

とりあえずミッションをクリアしたので、高級そうなものを近辺で探すことに。うなぎ屋とかあるか?でも、うなぎはもともと高級なものだから、もうちょっと意外性のあるものがよいだろうと探す。

モデルカーの店。

どれも手が込んでいて、値段もそれなりにしそうということで、高級なものとして扱うことに。ちなみにこのビルの向かいにはタミヤの旗艦店があったので、モータースポーツ好きの間では有名だったりするのだろうか。

次のお題へ。

【タクシーで前の車を十分間追ってもらって】【かっこいいネーミングのものを探そう】

ここで、面白そうなお題であることに名残惜しさを覚えながらも、同行者futo氏が別件のために離脱。

新橋駅でタクシー乗り場へ行き、タクシーに乗り込み、 「前の車を追ってもらえませんか?」 と告げた。 映画やドラマでしか聞かない台詞だ。しかもこちらは刑事でも探偵でもなく、ただ散歩ゲームをしているだけの大人三人である。

しかしドライバーは 「あ、前の車ですね」 と言って、何事もなく発進した。

プロである。 タクシー運転手は、そういった依頼があるのか、特に驚いた様子もない。というか、よくよく考えたら団体で移動する時には、何台かのタクシーに分かれて乗ることもあるので、 「すみません、前の車を追ってもらえませんか?」 と頼むことはあることに思い至る。 我々は映画やドラマの登場人物ではなく、ただの日常人だった。

しかし、途中で信号に阻まれて前の車を見失ってしまう。どうしたものかと迷ったが、途中で車が割り込んできたので、 「すみません、やっぱりその前の車にしてもらえませんか?」 とタクシーの運転手に依頼。特に不審がる様子もなく了承してくれたが、さすがにこんな依頼は受けたことが無いだろう。内心「なんだそれ」と思ったに違いない。

こうして我々は日常人から脱却したのであった。いいことなのかどうかはわからない。

10分ほど経って、着いたのは皇居前。皇居ランナーや外国人が多くいた。 皇居まわりで最もカッコいいネーミングは桔梗門。クリア。

次のお題へ。

【自分は場違いかも?と感じる場所で】【鼻歌を歌おう】

皇居の中で場違いなところといえば、思いつかないでもない。だが、そういうところはそもそも一般人は立ち入ることができない。

オフィス街なら、休日の我々は場違いではないのか?と思ったが、それなりにちゃんとした格好をしていたので、そこまででもないなということで却下。

「さすがに我々が警視庁にいるのは場違いだろう?」

と意見が一致し、警視庁に到着。さすがに警視庁の目の前で鼻歌を歌っていたら警備の人に怪しまれるし、余計な手間をかけさせてしまうので、少し離れたところで鼻歌を歌ってクリア。

次のお題へ。

【あまり好きではない場所で】【心霊現象を探そう】

あまり好きではない場所。しかも心霊現象って?という、相当難易度の高いお題。

しかし、カードをめくった同行者Michelle氏によると、昔この辺に営業に来ていて「ここ絶対なんかおる」という心霊スポットがあるらしい。

「確か地下にあった。地上にはキッチンカーがあった。」

という彼女の記憶だけを頼りに、大手町をひたすらうろうろする。地上へ出たり、地下に潜ったりを繰り返しているうちに、それっぽい場所を発見。

確かに、『真・女神転生』に出てきそうな場所と言われても違和感がない。天井が低く、ライトはあるけど地面の鈍い反射と相まって明るさが歪になっている。空気が流れる様子が無く、こもった空気が溜まっている印象を受けた。心なしか歩く音もこもった音の反響のようで、良い心地はしなかった。 土曜日だったから営業はされていないようだったが、あんまり長居するもんでもないと思い、クリア。確かに、何か心霊的な事件や事故があったとしても納得してしまう。

「本当に好きじゃないんだよな……なんかおる……」

というMichelle氏のやつれた顔を撮影して、ミッション完了。

【国道に出て】【手書きの文字を探して味わおう】

国道を探そうと、とりあえず地上へ。道路標識を確認したところ、ここが国道の通り道であることがわかったため、あっさりクリア。

手書きの文字といっても、大手町というオフィス街。そういうものがあるか、と少し思案した末、地下に行けば居酒屋の手書きメニューがあるのではないかと思い、地下へ。

しかし、手書きの文字は思わぬ場所で見つかった。

ドラッグストアのコーナーに限らず、入浴剤などもしっかり手書きで書かれている。書店でも見ないくらい手書きのポップがあふれているため、このドラッグストアは相当気合を入れているなと思った。

【オシャレな街で】【カッコいいと思うセリフをつぶやこう】

オシャレな街ってどこだろう、と思っていたら、カードを引いた同行者sgmt氏が心当たりがある、と言ってスタスタと向かうので着いていく。

向かったのは大手町のとあるスポット。

ビルに囲まれた、人工的に整備された緑地。 なるほど、確かに景観もいい。緑も多く、オシャレという意味では納得した。

東京砂漠

彼はカッコいいセリフをつぶやいた。

次のお題へ。

【友達にオススメされた場所で】【絵に描かれた動物を探そう】

誰に連絡するのか検討した結果、電話先は全員の共通の知人であるN氏に決定。文学フリマでタウンビギナーのロールプレイをしながら売り子をやってくれたN氏、その人である。LINEで電話したところ、果たしてN氏は電話に出てくれた。

sgmt「あ、Nくん?sgmtです。なんか突然だけど、おすすめの場所教えて」

N「え……うーん……」

sgmt「どこでもいいよ!」

N「えーっと……」

sgmt「パッと思いついたところで大丈夫!」

N「つまらない人間でごめんなさい」

sgmt「あ、その返しは予想通りです」

という会話を経て、下北沢のウサギカフェへ向かう。

ところでN氏は自分をつまらない人間だと思っているらしいが、つまらない人間がタウンビギナーのロールプレイをできるわけがないので、N氏はもっと自信を持ってほしい。 そうでなければ、僕まで「つまらない人間でも簡単にロールプレイできるつまらない人間」になってしまう。

原則Google Mapは使わない方針だが、さすがに場所の特定が必要なため、Google Mapを使って場所を特定し、下北沢に向かう。

おすすめしてくれたウサギカフェは閉店していた。代わりに入っていた店には犬の看板があったので、あっさりクリア。

次のお題へ。

【適当に乗り換えつつ30分後に電車を降りて】【顔に見えるものを探して人物を想像しよう】

「適当に乗り換えをする」というお題のため、できるだけ電車で無駄に乗り換えをしようと意見が一致する。

今は下北沢にいる。乗り換えが多い方角へ向かうとすれば、まずは井の頭線に乗り、明大前から京王線に向かう方がより多く乗り換えができるのではないか。ということで、その作戦で動く。

予定通り明大前で京王線に乗り換え、調布方面へ向かう。20分ほど乗って調布へ到着。 ここで乗り換えのプランが二つ。各駅停車であれば京王稲田堤まで行ける。急行であれば京王永山・多摩センター方面まで行ける見込み。先に来た方に乗ろうということで調べた結果、各駅停車の方が先に来るので乗り込む。

京王稲田堤で、顔っぽいものを発見し、お題を終える。理知的で優しそうな顔だと思う。

次のお題へ。

【タクシーで「千円でおまかせ」で走ってもらって】【美しい写真を撮ろう】

タクシーシリーズ第二弾。ところが困ったことに、大通りに出ても、駅に出てもタクシーが見つからない。このままではいつまでたってもお題がクリアできないため、諦めてタクシーアプリでタクシーを呼び出すことに。

しばらく待って、やってきたタクシードライバーにお願いした。

「ここから千円程度で、美しい写真が撮れそうなところに連れて行ってくれませんか?」

明らかにタクシードライバーは困惑していた。それはそうだろう。わざわざアプリで呼び出されて、さてどこへ向かいたいのかと思っていたら、「千円でおまかせ」という、それほどタクシー代が稼げない上に、自分の判断力と審美眼を試そうとするオーダーをされたのだ。シェフの気まぐれサラダは適当に作って出してもなんとなく客は納得してくれるが、タクシードライバーの気まぐれスポットは、下手な場所へ連れて行ったら客にダイレクトに迷惑がかかってしまう。しかも料金はシェフの気まぐれサラダより安い。割に合わなすぎる。

しかしそこはプロ。タクシードライバーはよみうりランド方面へ連れて行ってくれた。 「1,000円だとちょっとオーバーしちゃうんですけど」という一言も添えてくれたので、大当たりのタクシードライバーであった。皆でドライバーに感謝の言葉を述べてよみうりランドへ。

よみうりランドに到着。各々美しい写真を撮る。 ちょうど夕方、夕暮れ時だったので綺麗な写真が撮れた。

良い時間なので、次でラストにしよう、と決めてお題を引く。

【町名を2つ越えて歩いて】【落とし物を探そう】

そもそも「ここは何という町名なのか?」という問題にぶち当たる。 よみうりランド周辺には住所が書かれた電信柱も家もなく、地図がない。

さらに、よみうりランド周辺から歩いて移動するにしても、歩道が心もとない。 ということで、まずはスカイシャトルに乗ってよみうりランド駅まで行こう、ということになり、スカイシャトルチケットを購入。よみうりランドに入場するわけでもないのに、よみうりランドのスカイシャトルには乗るという、今後おそらく二度とやらないであろう行動を取る。

スカイシャトルのチケット、お金を入れて買おうとしたら、なぜか2枚買ってしまい焦る。間違えて買ったから返金して欲しいと交渉しようかと思ったが、スカイシャトルの出発が近づいていたため、泣き寝入り。間際に迷惑をかけるわけにはいかない。

お題は終わっていたが、スカイシャトルからも美しい写真が撮れた。

道中、KALDIのエコバッグが落ちていたので、とりあえず落とし物ミッションはクリア。

問題は、「町名を2つ越えて」という部分。そもそもここはどこかわからないのに、どうやって2つの町を越えようかと悩んでいたところ、ローソンの「矢野町口」という店名から、ここは矢野口であることが判明。少なくとも京王稲田堤の方に戻れば町名2つは越えられるのではないかということで、ひたすら歩く。

ただし、Google Mapもなく、地図のない住宅街のため目印もない。街灯はあることはあるが、心もとない。歩きながら「本当にこの方向で大丈夫なのか?」という不安に駆られながら、ひたすら話しながら歩く。田舎で地図のない街を歩くのが、こんなに不安になるとは思わなかった。途中、地元の人とすれ違ったり、追い抜かれたりしたが、

「こっち、京王稲田堤の方だよな?」

と不安になりながら、電車の線路のある方角から離れすぎないように歩く。

不安になりながらも、無事に20分ほどかけて稲田堤駅に到着。調べたところ、よみうりランドがあるのは神奈川県(住所上の登録は東京都稲城市だが、Google Mapを見る限りでは東京都と神奈川県にまたがるエリアだった)、京王よみうりランド駅があるのは東京都。県を跨いでいるならさすがに町名は越えているためクリア。

ここが最終ゴールのため、次回は稲田堤からスタート。参加者の誰もここから近くないので、次回の集合は遅刻しないように気を付ける必要がある。

「疲れた貴方の為のサワー」で乾杯。帰宅後に歩数を計測したところ、35,000歩だった。こんなこともあろうかとランニングシューズを履いていたのだが、それでも右のかかとに豆ができていた。

目的地はカードが決める。道は街が決める。自分たちはその場その場で、くだらない相談をしながら歩くしかない。そしてその勲章として僕は豆を作った。

なかなかハードな遊びだった。本気で一日中遊ぶというのは、やっぱり楽しい。

2026年5月4日 文学フリマ東京42の出展参加記録

こういうのは時間が経ってしまうと書けなくなってブログにも起こせなくなってしまうので、今のうちに音声入力と生成AIをふんだんに使って書き起こすことにする。

5月4日:10時

本こそ宅急便で発送したが、ポスターやポールなど、本の飾りつけや宣伝に使わなければいけない機材が思った以上に多い。かつ、詳細は後述するが、タウンビギナーとしての衣装も2人分必要になったため、大きなスーツケースと着替え用の荷物を運ばなければならず、朝から体力を使ってしまう。

家の近くでタクシーをすぐに拾うことができたので、最寄り駅までは特に苦労はなかったのだが、駅の階段が難所だった。

幸いだったのは、今日が雨上がりの日だったこと。予報では雨を覚悟していたのだが、朝は雨が上がっており、かつ雨上がりのために気温もそんなに高くないという絶好のコンディションだった。

新橋駅の近くで朝食を食べ、ゆりかもめで東京ビッグサイトへ。

5月4日:10時50分頃

文学フリマ会場の東京ビッグサイトの受付口で、今回売り子を手伝ってもらうN氏と合流。入場券の引き換えに、赤のバンドを左手首に巻いて会場入り。 N氏とは人狼仲間なのだが、たまにN氏は人狼のロールプレイングとして、僕(タウンビギナー)のキャラクターの真似をしたロールプレイを行っている。

人狼仲間以外の方々にとっては、まったく言ってる意味がわからないと思われるが、実際にそうなのだからしょうがない。

しかし、それであれば、今回は彼に手伝ってもらうことに大きなメリットがある。何しろ今回のエッセイ「ぼくも十七歳だった!」は、僕の若かりし頃のエピソードを盛り込んだものである。 その場合、「タウンビギナー」というキャラクターが非常に重要な意味を持つ。自分が他のブースに挨拶に行って不在となっている間も、N氏が「タウンビギナー」としてブースで売り子をしてくれるのである。

使わない手はない。

(本人はタウンビギナービギナーだと言っているが、彼は他の人狼仲間にも「タウンビギナーをやるには」という簡単なレクチャーをしていたことがあるので、やっていることはタウンビギナーの師範代と言っても差し支えがない。)

そういったわけでN氏に打診し快諾いただき、売り子として手伝ってもらうことになった。

会場は東京ビッグサイトの南1・2ホールと南3・4ホール。 自分のブースは南3・4、せ-49のため、エスカレーターで4階まで上がる。

これまではコミケなど、客として足を運んでいたときは意識しなかったが、出展側として荷物を運びながら西棟を歩くというのは、なかなか体力を使う。

ブースに到着し、設営準備。

運が良かったのは、右側のブースが欠席で空いていたこと。左隣のブースの方と軽く挨拶をし、ブースの設営準備を進める。

途中、ポスターを掲げるためのポールがうまくはまらず、ドライバーを使っていたら、うっかり手にドライバーを引っ掛けてしまい、血を流してしまうというアクシデントが発生。慌ててトイレで手を洗い、タオルで拭いたが、血がついてしまった。下手に本に触ってしまうと血がついてしまうので、どうしたものかと、いきなりのアクシデントに困惑する。しばらく手をタオルに押し付け血が固まるのを待った。

それでもN氏に手伝ってもらい、無事に設営完了。一人で出店しようとしなくてよかったと心の底から思った。

よそいきのタウンビギナーは和装が正装になるので、N氏にもタウンビギナーとして和装を着てもらった。準備完了。

5月4日:12時

文学フリマ事務局の開場アナウンスと、各ブースからの拍手とともに開場。

「景気づけ」というわけではないけど、もともと目をつけていた左隣のブースの方々にご挨拶をし、本を一冊購入。*1

人もまばらで、ゴールデンウィークで旅行に行っているのかな?来場者はそれほどでもないのかな、と考えるも、今回の文学フリマは南1・2と南3・4に分かれている。 最初は南1・2に寄ってから、上の南3・4に行く人が多いのではないかということに思い至る。

5月4日:13時

数年ぶりにお会いする方や、別の場所でブースを出されている方など、知り合いの方々がブースに来てくれて、本を購入してくださった。

ありがたみを感じながらお金をいただき、本を手渡した。改めて、自分が書いた本を売っているのだと実感した。

どうか本を読んで、くだらなくても何でもいいので笑ってほしい、と祈りながら本を手渡した。

チェックしていたブースに伺おうと席を外す。

タウンビギナーが不在となるため、N氏にタウンビギナーの代理として店番をしてもらうよう依頼し、目当てのブースへ。

先ほど買いに来てくれた方の写真集だったり、音楽がダウンロードできる本だったりと、思った以上に文学フリマはバラエティに富んでいた。

チェックしていたブースに加えて、偶発的な本も求めようと思い、チェックしたブースの隣のブースを見て試しに買う、というやり方で回ってみた。

買いすぎた。だが満足している。

小説のコーナーは表紙から力作ぞろいで、素人がやれるような範疇じゃないものを平気でやっているなと、うなってしまった。

別に自分がこういうことをやりたいというわけではないけれども、こういった創作活動を真摯にやっている方の存在を感じながら、少しでも自分の創作活動にあらためて向き合おうと思い直すことができた。

5月4日:14時~15時

人が一気に増え始めた。 おそらく南1・2のところを歩いて、回遊が終わった入場者が南3・4に移動して来たのだろう。陣中見舞いに来てくれた友人と軽く会話しながら、

「こんにちは。もしよろしければ、お手に取って見本誌をご覧ください」

と来場者に声をかけながら呼びかける。

見本誌を取ってくれた方は数こそ多くないが、取って読んだ方の大半は本を購入してくれたのが嬉しかった。もちろん万人にウケたわけではないけれど、少しでもつながりができるといいなと祈りながらショップカードを渡した。

実際に出展してみてわかったが、たとえ本を購入してくれなくても、見本誌を取ってくれたり、ショップカードを受け取ってくれたりするだけでも、出展者としては励みに感じられた。

決して頻度は高くはないが、少しずつ本は売れた。何より嬉しかったのは、

「これ、原田宗典さんのですよね?」

と、この本のオマージュ元である原田宗典さんのことを把握してくれた方が買ってくれたことだった。

僕は原田宗典さんのエッセイが絶対に面白いと今も信じているし、それが同意を得られたようで嬉しかった。ぜひ読んでゲラゲラ笑ってほしいと思う。

ところで、読者層としては40代ぐらいの男性を想定していたのだけれども、明らかに十代と思われる女の子が一冊買ってくれた。これはこれで嬉しいのだけれど、果たしてこの本の面白さが十代の女の子に通用するのかどうかは、ちょっと自信がない。

とはいえ、中学時代の僕は原田宗典の「十七歳だった!」を読んでゲラゲラ笑っていたので、どうか同じようにゲラゲラ笑ってくれるといいなと思う。笑ってくれ。頼む。

5月4日:16時~17時

人が少しずつ減っていき、イベントが終了間近であると感じられた。

購入者の中には、原田宗典さんのオマージュ本だと知って、

「これ絶対、原田先生に送りなさいよ」

と発破をかけてくれた人がいた。

僕としては、この本を原田宗典さん本人に送るという発想は全くなかった。二次創作のものを送りつけてよいのかということを危惧していたところはある。

しかし、よくよく考えたら、これはあくまでオマージュ作品であり、自分のオリジナルだ。二次創作ではないし、何かの権利を侵害しているというわけでもない。

「原田宗典さんに対して失礼な行為なのでは」という懸念が消えた。 発破をかけられたので、メッセージを添えて、試しに集英社に送ってみようと思った。本人に届くかどうかは別にして。

17時になり、文学フリマ終了のアナウンスが流れ、出展者の拍手が会場に鳴り響いた。 フェスティバルが終わった感じがして、感動をかみしめていた。

しかし、休む間もなく撤収の時間である。 ポスターを外したり、机の物をスーツケースにしまい直したり、余った在庫を宅急便で送ったりなど、やることは沢山あった。

各ブースの机と椅子は畳んで所定の位置に返すのだけれど、売り子のN氏が、自分たちのブースだけでなく、ほかのブースのところも手伝っていた。

N氏に、タウンビギナー代理も含めて、もろもろ手伝いを頼んでよかったと思う。

shohogai.booth.pm 17時の予約投稿とともにBoothをオープン。果たしてどれくらい注文が来るのかは疑問だが、こういうのはやっておくに越したことはないと考え、出店を決意。 …と思っていたら、これを書いている時点で2つも注文が来た。

「マジかよ」と思わず声に出してしまった。

買った本の一覧は、#文学フリマで買った本 でつぶやいたけど、よくよく考えたら写真だけでは著者は発見できないなと思い直して、ツリー形式で書名を書いた。

当たり前だが、出展することで出展者の気持ちがよくわかった。 今後、文学フリマに参加したり買い物したりするときに、どうツイートすれば出展者が喜ぶのかよくわかった。今後、そういうことを意識してツイートする。

次回の文学フリマ東京に参加するかどうかは未定である。時間はまだあるが、書けるかどうかはまだ自信がない。 ただ、自分が面白いと思うことをきちんと本にして、伝えて、そしてそれが何らかの形で受け止められるのは、すごく嬉しい。

もう一度、そういったことを味わいたい。読んでくれた人が少しでも楽しいと思ってくれれば、それで良いと思う。

浅草「billi」のスープカレー。 文学フリマ帰りで疲れた身にスープカレーのスパイスと優しさが染みた。良い店を見つけた。

*1:本の感想については、別のブログに起こす予定。