魚を格付けする「魚Tier表」の話。 魚をどのように評価するかは意見が分かれることは重々承知の上で、ここでは評価軸は以下の5つに絞って検討する。なお、魚卵は対象外とし、出世魚のように魚の名称が変わる場合は別扱いとして評価するものとする。
- 味のポテンシャル:最大美味しいポイント*1
- 将来性:漁獲量を含めた安定供給
- 入手性:価格と購入のしやすさ
- 保存性:日持ちするかどうか
- 調理の多様性:調理法の幅広さ
これらの観点からTier表を検討すると、例えば以下のように魚Tier表が作成できる。
Tier | 魚種 |
---|---|
SS | マグロ |
S | 鮭、アジ、カツオ |
A | ブリ、サバ |
B | サンマ、カレイ、タイ、ニシン、イワシ |
マグロのSSランクは揺るがない。味のポテンシャルは大間のマグロや大トロなどもはや説明不要であろう。調理の多様性としても、刺身に焼き物・マグロカツにマグロフレークと非常にバリエーションが豊富だ。味のポテンシャル・調理の多様性でマグロは圧倒的である。
鮭とアジも比較的簡単に入手でき、調理の幅も広いが、何分味のポテンシャルとしてマグロが強すぎるため、後塵を拝している。鮭はイクラも含めればSSランクを狙えただけにレギュレーションの壁に阻まれてしまったとも言えよう。 カツオは調理の多様性という観点で「鰹節」という最強カードがある。これが無いと和食が成立しないため、入手性や将来性に多少難があったとしても、Sランクに値する魚である。*2
さて、本題である。 このTier表、Aランク以下の魚については議論が活発に行われると思うが、SSランク・Sランクについてはあまり異論は出ないだろう。しかし、Tier表を考えていて、Sランクに推薦すべき魚があることに思い至った。 「しらす」である。
本記事では、しらすをSランクとして推薦するために、そのポテンシャルを考察・検討することを目的とする。
1. 味のポテンシャル
釜揚げしらすのふっくらとした食感と優しい塩味、そして生しらすの舌の上でとろけるような甘みは、多くの日本人を魅了する。特に、鮮度が命の生しらすは、産地でしか味わえない格別の美味しさだ。おろし生姜を少し混ぜて醤油を垂らし、そのままご飯をかきこめる生しらす丼は、「しらすだけでもこんなに満足できる丼なのか!」と驚かされた人も少なくないだろう。もしまだ驚いたことが無いのであれば、今すぐに驚いたほうが良い。
しかし、「味の最大値」という点で、高級マグロの大トロや、旬の寒ブリが持つ圧倒的な脂の旨みと渡り合えるかと言われれば、一歩譲るかもしれない。多くの人に愛される美味しさを持つことは間違いないが、味の最大値という観点からはもう一押し欲しい。その意味では、単独でSランクには至らないだろう。
2. 安定供給
しらすの将来性は、その親魚であるカタクチイワシ、マイワシ、ウルメイワシといったイワシ類の資源状況に左右される。
水産庁の資源評価によると、イワシ類の資源量は系群(生息海域ごとのグループ)によって増減はあるものの、全体としては比較的安定した水準を維持している*3。例えば、2022年の全国のしらす漁獲量は42,180トンで、兵庫県、愛知県、静岡県などが主な産地となっている*4。
近年問題視されているウナギのような絶滅の危機に瀕している魚種とは異なり、持続可能な漁業が見込める点は、食卓に欠かせない魚として非常に大きな強みと言える。ここはSランクとして十分推薦するに値する。
3. 入手性
「釜揚げしらす」は、全国のほとんどのスーパーで、年間を通して手頃な価格で手に入る。この圧倒的な入手性は、他の多くの魚を寄せ付けない、しらす最大の武器の一つだ。高級魚のように特別な日にしか食べられない、という存在ではなく、日常的に食卓に登場させられる親しみやすさを持つ。文句なしのSランクである。
4. 保存性
しらすの明確な弱点がこの保存性だ。特に生しらすは極端に足が速く、水揚げされたその日のうちに消費するのが基本。釜揚げしらすにしても、冷蔵で2〜3日が賞味期限と、他の魚の干物や加工品に比べて日持ちしない。しらすにとってここが最も大きなウィークポイントであり、Sランクに上がれない理由の一つであることは論を待たない。
しかし、この弱点をカバーする方法がある。キーとなるのは「調理の多様性」である。
5. 調理の多様性
しらすの真価は、この調理の多様性にある。
炊きたてのご飯にかける「しらすご飯」や「しらすおろし」はもちろんのこと、パスタ、ピザ、パン、アヒージョ、チャーハンなど、和洋中を問わず、あらゆる料理の名脇役として旨味を底上げする。 ポイントは、しらすが「食材」としてだけでなく、「旨味調味料」としての役割も果たせる点だ。ペペロンチーノに加えれば、アンチョビのように全体の味に深みと塩味を加えてくれる。主役を張るだけでなく、料理の中に入り込んで他の食材を引き立てる名脇役にもなれる。この変幻自在な戦い方は、マグロやブリにはない、しらす独自のストロングポイントだ。 そして、この「旨味調味料」としての役割を果たせることの意味は、前述の足の速さをカバーすることにも繋がる。足が速かったとしても、使える場面が広いので、悪くなる前に消費しきれるのである。余ったらご飯にかけて、ふりかけとして使ってしまえば良い。 しらすそのものを煮る・焼く・揚げるといった調理の幅こそ広くはないが、旨味調味料としての役割を果たしており、その意味ではカツオと似たポジションをマークしており、Sランクとして十分に評価すべきであろう。
結論
評価軸 | ランク | 概要 |
---|---|---|
味のポテンシャル | A | 美味しいが、最大値では頂点におよばない |
安定供給 | S | 資源量が比較的安定しており、将来性も高い |
入手性 | S | 全国どこでも安価に手に入る |
保存性 | C | 生、釜揚げともに日持ちしないのが弱点 |
調理の多様性 | S | 主役から調味料までこなす万能性 |
総合的に考えて、しらすは十分にSランクを狙える魚である。ネックとなる保存性をどのようにカバーするのか、というのがSランク昇格にあたっての課題となる。そのためには「冷凍保存の技術の進化」「物流の改善」といった直接的な弱点のカバーだけでなく、調理の多様性による弱点カバーというアプローチも積極的に推し進めていく必要がある。
今後の水産資源管理として、他の魚の安定供給が困難な状況に陥ることによる、安定供給が評価される可能性はある。その意味でも、しらすはSランク射程圏内に位置する魚であり、「足が速い」という弱点を補って余りあるしらすの強みを推し進めることでSランク入りを目指すべきとして、本稿の結論としたい。
六本木「Rieven House」の釜揚げしらすパン。
しらすごはんだけでなく、パンやピザ、ペペロンチーノと主食の食材と相性が良いことがよく分かる一品である。しらすの可能性の認知が広がることを期待したい。
*1:要するに「美味しい」の最高値。
*2:これまでの議論に異論があることは認めるが、話を進めるために一旦の仮置きであることに留意されたい。
*3:水産庁・水産研究教育機構「我が国周辺水域の漁業資源評価」より。
*4:農林水産省「海面漁業生産統計調査」より。