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今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

挫折と向き合う事・不運と向き合う事の意味 -有川浩「空飛ぶ広報室」感想-

書評

有川浩空飛ぶ広報室」読了。

空飛ぶ広報室

空飛ぶ広報室

TBSのドラマ「空飛ぶ広報室」を観ていたのですが、あまりに面白くて原作も気になっていたところ、誕生日のプレゼントとしていただきました。本当にありがとうございます。
いただいたのはTVドラマ放映中でありネタバレもあるから止めておこうかなと思いましたが、気がついたら一気に読み切っていました。そして、TVドラマも原作を尊重しつつしっかりと構成が練られている素晴らしいドラマである事を実感できました。

「失敗から学ぶ」を繰り返す二人

この物語の主人公は、航空自衛隊(略して空自((本編でも触れられていますが、軍隊ではないので「空軍」は誤りです。)))に所属する空井大祐二尉。空自の花形、ブルーインパルスのパイロットになる事を夢見るも不慮の交通事故でパイロット生命が絶たれてしまい、彼が広報課に異動するところから始まります。異動先の広報室にいたのは室長鷺坂を初めとした一癖も二癖もあるメンバー。彼らとともに空井は空自の広報として動きますが、畑違いの広報活動、さらには「軍備要素を持つ」「公共の税金を使っている」というの紋切り型のイメージなどから広報活動には苦労を強いられます。

 空井が広報課に所属して最初に相手する事になったのは、帝都テレビのディレクター、稲葉リカ。ここで空井はいきなり大失敗をします。

「だって戦闘機なんて人殺しのための機械でしょう?そんな願望がある人のドラマなんか、何でわたしが」
ー脳に言葉の意味が届くまでひどく時間がかかったような気がする。
届いた、と同時に脳細胞が沸騰した。
人殺しのための機械でしょう?ー人殺しの機械に乗りたい人なんでしょう?
ー何で俺たちがこんなこと言われなきゃならない。
人を殺したい、なんて、
「……思ったこと、一度もありませんッ!」
竦み上がった稲葉リカの揺れた肩で、自分が随分大きな声を出した事に気がついた。(p.36-37)


広報課の職員が「お客様」にキレるというのは当然あってはならないことで、室長鷺坂を初め当然注意があるのですが、そのフォローが描写も含めて丁寧で、あたかも読者が空井と一緒に広報という立場と空自という組織の性質を学べるかのような構成になっています。そして、この空井の激昂は相手の稲葉にも衝撃を与えます。

俺たちが人を殺したくて戦闘機に乗ってるとでも。怒りと悔しさのにじんだその深刻な声に、自分でも意外なほど動揺した。
(中略)
大義名分を持たない状態で受けた怒りに心が竦んだ。怒った空井は同時にひどく傷ついていて、憤りに声を詰まらせながらこのまま泣くのではないかと思った。
自分は記者としてではなく、稲葉リカ個人として空井大祐という個人をこれだけ傷つけたのだという事実時に気がついた。(p.56)


パイロットから広報課に異動した空井。報道記者からTV番組のディレクターになった稲葉。この事件こそが、二人の今の自分と向き合うきっかけとなります。この辺りの、二人が何を感じたのかという描写がひとつひとつ丁寧ですっと世界観の中に入っていく事ができました。二人はその後、TVドラマの協力要請を初め、広報室やTV局のメンバーとの関わりを経て、お互いを理解していくことになります。その理解は二人の間だけにとどまりません。女性をあえて捨てている柚木三佐の過去、比嘉一曹がいつまでも昇進しようとしない理由、片山一尉のわだかまりなど、二人だけでなく先輩ら周囲もそれぞれの悩みを抱えていることをきちんと書く事で、この「空飛ぶ広報室」は、物語としてとても幅が広がっていると感じました。

もう一つの本編「あの日の松島」

 ところで、この「空飛ぶ広報室」は、全6章で2011年夏頃に刊行される予定でしたが、実際には1年後の2012年夏に刊行されました。刊行が1年遅れた理由は、「あの日の松島」という章を追加する必要があったからです。なぜ1年刊行を遅らせてまで追加したのか。それは、2011年3月に東日本大震災が起こったからです。


 2011年3月11日に起こった東日本大震災。テレビ局を初めとする各種メディアは休む暇もなくニュースを更新し続けました。一方の自衛隊も救助活動に追われました。松島基地の隊員も、例外ではありません。地震発生当時、松島基地には避難命令が出たため、「勤務中の隊員」には犠牲は出ませんでした。
F−2などの航空機や資材は波に飲まれてしまいました。隊員の家族は、無事であったのかどうか作中では明示されていません。それでも、時には淡々と、時には明るく救助活動における法律の制約、生理用品などの女性ならではの問題などを彼らは語ります。
 松島基地自衛隊隊員は、災害救助隊員でもあると同時に、東日本大震災被災者であるにも関わらず、です。


 「空飛ぶ広報室」はあくまで小説であり、フィクションです。しかしそれだけに、稲葉が取材する各自衛隊員のエピソードは芯に迫り胸を打ちました。この際、「あの日の松島」だけでも読んで欲しいと思うくらいです。

ドラマ版のテーマは「挫折からどう立ち直るか」

 この記事は基本的には原作の方のレビューですが、合わせてTBSドラマ版についても薦めます。

空飛ぶ広報室 Blu-ray BOX

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 基本的なストーリーはもちろん一緒なのですが、ドラマにするにあたって
「主人公を空井から稲葉に変更」「阿久津や藤枝など帝都テレビ関係者の出番が増えている」と言った変更がなされています。この変更はよく練られています。原作では心情説明を文中にそのまま書く事ができましたが、ドラマではそれができないので主人公を稲葉に変更することで、空自をほとんど知らない視聴者に合わせています。さらに、ドラマ版では稲葉側にもキレッキレの上司・阿久津やプレイポーイの同僚藤枝、稲葉をライバル視する香塚、超適当な後輩ギャルの佐藤(ジュエル)を登場させて彼らと稲葉とのやりとりが増えています。作ったVTRに対してボロクソにダメ出しする阿久津、緊急速報で噛みまくって自信を喪失する藤枝、敵視していた稲葉に助けられて報道を成功させる香塚、稲葉の姿勢に少しずつ影響されて仕事に熱を持ち始めるジュエル。


空井が空自の広報という慣れない仕事に悩み奮闘する一方で、稲葉は帝都テレビの情報番組のディレクターという慣れない仕事に悩み奮闘していたのです。そして、空井や稲葉だけでなく、空自の先輩片山や柚木、帝都テレビの阿久津や藤枝も同様に挫折を味わい、自力で、あるいは周囲の力を借りて這い上がってきていました。

「人生は思い通りになることばかりではありません。だけど、思い通りにならなかった時に、夢に破れた時に、やりたくない仕事をやらなければならない時に、どう動くかで人間の真価は決まる―― 「 なりたいものになれなくても、別のなにかになれる 」 ――。
「 仕事 」 にひたむきに向き合い、取り組んでいく二人の姿には、現実に社会で仕事をする全ての人々の、そして、これから社会に出て行く若い世代の人々も含め、背中を強く押してくれる応援歌ともなることでしょう。」

(TBSドラマ「空飛ぶ広報室」企画意図より抜粋・赤字太字は引用者によるもの)
http://www.tbs.co.jp/soratobu-tbs/about/

ドラマはもう放送が終了してしまいましたが、まだ、間に合います。DVDレンタルなどもやっているので、是非見てください。ものすごい回し者に見えるかもしれませんが、これは原作・ドラマ共に自信をもって薦められます。


何も悪い事をしていないのに、突然どうしようもない不運はやってきます。何の非も無いのに、空井は飲酒運転の車に轢かれてブルーインパルスへの夢を断たれ、松島基地東日本大震災に遭い不眠不休の対応に追われます。それでも、空井は自分の不幸を一通り嘆き、もがき、そして新しい道へと進んでいきます。何か行き詰まりを感じた時は、きっとこの本はある種の羅針盤になる。そう僕は思います。

それでは、また。