今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

今年はちゃんと振り返りをしたい - 6月7月-

ちゃんと月ごとに振り返りをしたかったのに、間が空いてしまいました。

気を取り直して、2ヶ月分まとめてやります。

 

6月:魔術師(正位置) -創造性・意欲・新規のプロジェクト・試みの成功- 

  仕事に関してはバッチリ当てはまってました。組織の変更などで仕事のやり方が変わったのですが、その最初のプロジェクトが無事に6月で終わりました。特に大きなトラブルも無くて良かったです。

  私事だと、どうやって文章を書くかを少しずつ意識していったけど、まだ形にはなっていない状態ですね。玉ねぎもそんなにちゃんと使えていないので、もう一歩といったところでしょうか。

 

7月:女帝(逆位置) -誘惑に流される・生活の乱れ・浪費・満たされない心-

 これはもう心当たりがあり過ぎて頭抱えています……。

  大阪にしばらく出張に行っていたのですが、夕飯にお好み焼きやうどんといった粉物中心の生活を続けた結果、体重と体脂肪が最高値を更新してしまいました。出張中危険だと思いモビバンを勝って自重筋トレをしたのですが、脂肪の増加には勝てませんでした(筋肉維持はできていたので、効果はゼロでは無かったと信じたいのですが)。

  生活の乱れは、FF14という悪魔のゲームが影響しています。うっかりやり始めると他の時間をゴリゴリ削ってしまうので、慎重にプレイしないと危険です。どうやって終わらせるトリガーを作るかが今の所一番の課題です。いやあ、木工師と革細工師のクエストが楽しいなあ。

 

8月:女教皇(逆位置) -思い込みに囚われる・偏見・批判的・深く考え過ぎる 

   8月。思考に危険信号が灯っています。仕事よりは私生活に関してかな予感しています。あまり深く考えすぎないように気をつけます。

はてな村の隅っこにいる人間として

本エントリーは感情の整理のためのエントリーです。 

 

Hagexさんこと岡本顕一郎さんが殺された。

www.asahi.com

  当初「ITの講師が刺殺」と書かれた記事が、Hagexさんだと判明するにあたって、いっきにはてなブックマークが騒がしくなり、2018年6月25日22時30分現在、トップページのホットエントリーは9つ中8つが本件に関する記事である。

lineblog.me

 

zaikabou.hatenablog.com

 

  はてなブックマークでたまに上がってくるHagexさんの記事を読んでた。その時の印象は

「丁寧に記事を拾ってるなあ」

  という印象だった。主にイケハヤ・はあちゅう関連の記事で、少なくとも愉快犯として炎上させようという感じは受けなかった。丁寧に証拠集めをして炎上させる、やまもといちろう氏と同じ系譜と感じていた。嫌いだと言う意見はわかるけど、不都合なことを容赦なく突きつける、ある種のカタルシス的なものを自分が感じたのも事実だった。

 

  そのHagexさんが、自分の講演会の直後に、刺されて死んだ。

  意味がわからなかった。要人の暗殺みたいなことが起こった。

  

  程なくして犯人が出頭していた。犯人ははてなの捨て垢を作っては誰彼構わず「低能」と罵倒しまくっては通報されてその都度凍結されて、しまいには「低能先生」と呼ばれていた人物、らしい。はてな匿名ダイアリーに犯行声明を出していたらしいが、もう運営に消されてしまっているので、本人かどうかは結局不明のままだ(時間や犯人しか知りえない情報から本人と言われているけど、本人の口から聞くまで信じないことにしている。)。

 

   次々と上がってくるホットエントリーの哀悼記事を読みながら、「運が本当に悪くてHagexさんは死んだ」としか思えない自分がいる。低能先生が罵倒していたのはHageさんだけじゃないし、Hagexさんだけが非難したわけでもない。ただ、たまたま低能先生がいる福岡にHagaxさんが講演で来ていて、低能先生が気を起こして、こうなったんだと思う。

  ただの偶然の積み重ねにしか見えない。だからこそ救いようがない。

 

  『今週末に開催されるはてなの公式イベント「はてなミートアップ」は?』というブコメを見た。嫌な予感がした。

  

blog.hatenablog.com

 予感は的中した。中止になっていた*1

  昔「数万人に一人のクズが社会構造を決定する」というエントリーを読んだ*2。池田小学校の事件などを引き合いに、激レアな事故を防ぐために万人にコストを強いるという趣旨だったと記憶しているが、今回の事件もその契機になるのだろうなと感じている。

  ブログなどで情報発信するということは、それなりに責任の伴う話で、安全・安心といったことも考慮しなければいけないくらい利用者が増えて、インフラも発達してきたということなのだろう。これ自体は歓迎すべき話だ。人が増えて整備が行き届けば、それを土台としたさらなる技術・文化が生まれる。しかし、今回の事件はその契機としてはあまりにも重すぎる。名前のあるブロガーやイベントが一時的であれ萎縮してしまうのは望ましくない。それがデフォルトになり兼ねないから。

 

  他の人から見たら、僕は呑気に見えるのだろうか。隅っこの方で書いてるだけで、僕自身にはそこまで影響が無いからそう感じるだけなのだろうか。安全・安心は大事だけど、萎縮して書きたいことが書けなくなっているというのは、もうその時点で安全・安心が脅かされてしまっていることになるんじゃないだろうか。

 

  まだしばらく、はてな村の隅っこで特にどうということもない記事を書き続けると思う。

*1:Hagexさんのブコメにスターが輝いているのが悲しい。

*2:当該エントリーを読みたかったが、残念ながらリンク切れらしく読めなかった。

未来の匂いのする夜の街・時間が止まる朝の街

「TOKYO NOBODY」という写真集がある。

 

TOKYO NOBODY―中野正貴写真集

TOKYO NOBODY―中野正貴写真集

 

 僕は写真にあまり興味は無いのだけど、夜景、特に大都会の夜景は例外だ。夜はこれからだとばかりに光る電灯やネオンサイン。高い場所から見える、真っ暗な空間に浮かび上がった様々な色と明るさから成る電気の群れを見ると、人間の姿こそ見えないけど、確実にたくさんの人間が活動をしているのだと思える。コンピュータに興味津津だった子供の頃、未来の匂いが立ち上る秋葉原のネオンサインを見て胸を踊らせたのだけど、その時の気分が大人になった今もどこかに残っているのかもしれない。

  大都会の夜景は未来の匂いと賑やかさのおかげで、ずっと眺めていても飽きない。

 

 「TOKYO NOBODY」は、そんな都市風景の写真集を探してる中でたまたま出会った写真集だ。タイトルの通り、「東京」で撮影した「誰もいない」風景ばかりが収められている。変わった写真集だな、と思いAmazonで注文し本を開いて開いて1ページ1ページめくって眺めた。

 

  ぞっとした。それが「TOKYO NOBODY」を最後まで見た時の感想だった。

 

  写真の多くは陽の光が柔らかく射しているから、おそらく人のいない早朝に撮影されたのだろう。しかし、こうも人がいない建造物だけの写真を見せられると、なんだか人間が死に絶えてしまった近未来を連想してしまった。早朝の写真のはずなのに、「人間がこれから活動を始める」というイメージはこの写真集からは読み取れなかった。日本橋の橋のたもと、渋谷のPARCO周辺、サロンやソープの水商売の集まる区画、銀座のホコ天の区画、お台場の無造作に並べられたコンテナ、雪の降る首都高と雪の積もった皇居周辺。

  人は一人も写っていない。みんなどこへ「消えて」しまったのだろう。

 

  この写真集は1990年から2000年に撮影された写真を集めている。INAX、富士銀行、Yamagiwa、imidas、シャンテシネ。今はもうない看板や建物、会社が写真の中に納められていることで、余計に「人類が絶滅した未来の風景」という感想が強くなっていく。これから年月を経るに連れ、もっと無くなっていく建物や看板が増えて、「人類が絶滅した未来の風景」の色はますます濃くなっていくのだろう。

 

   念のために書いておくと、「TOKYO NOBODY」を酷評する気はまったくない。むしろ人だらけの東京という街で、これだけの無人の風景を撮影したことは称賛したい。インターネットも含め電子技術も十分に発達していなかった事も考えると、撮影に10年間かかった、というのも頷ける話である。ただ、僕が(勝手に)期待していた、未来の匂いがするような人間の躍動感が感じられる写真集ではなかった、というだけのことである。

 

   「大都会の夜景は未来の匂いと賑やかさのおかげで、ずっと眺めていても飽きない」と書いた。実のところ、このことがはっきり意識できたのは「TOKYO NOBODY」のおかげである。

 

「TOKYO NOBODY」は大都会の夜景とは真逆だ。

 陽が落ちて人は寝静まっているはずなのに、電光が人の存在を表している大都会の夜景。

 陽が射して人は目覚め動き出すはずなのに、何処にも人の存在が見えない「TOKYO NOBODY」。

 子供の頃に見た電気街を連想し、未来への匂いを感じられる大都会の夜景。

 今はもうない看板から、過去で時間が止まった姿を見せられる「TOKYO NOBODY」。

 「TOKYO NOBODY」があったからこそ、なぜ自分が大都会の夜景に惹かれ心が踊るのか、なぜ自分が「TOKYO NOBODY」を見てぞっとしたのか、はっきりとわかった。未来の匂いのするところは楽しいし居たいし、時間が止まった場所は怖くて居たくない。僕の趣向には少なからず、そういった面があるのだろう。

 

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 ネオンサインのきらめく秋葉原。

 今でも、この風景を見ると未来の匂いを感じ取ることができる。夜の街の光は、不思議な力が宿っていると信じている。

今年はちゃんと振り返りをしたい -5月編-

もうすぐ1年の半分が過ぎ去るというジョーク。

 

townbeginner.hatenablog.com

 

5月は、

5月:皇帝(正位置) -獲得したい目標・実行力・リーダーシップ・繁栄- 

 と、初めて良い兆候を表すカードが出てきました。

  公私を振り返ると、あたっている部分はあるけどリーダーシップという部分ではもう一つかなあ。

 

  4月に近所のジムに行くか検討していると書きましたが、今までのジムを止めて近所のジムに行くことにしました。年会費で支払っているので二重登録になってしまう期間はありますが、金額の計算をした結果、今月入会したほうがトータルで安くなるので、入会しました。

   会社近く:着替えは用意してくれる、ジャグジー無し、設備普通

   自宅近く:着替えは自前、ジャグジーあり、設備充実

ということで、自宅近くのジムにシフトしつつ、会社近くのジムはスポット的に利用できたらするという方向で通ってます。

 

  iPhoneの液晶が壊れました。操作が全くできず使い物になりません。修理は2万以上、しかも修理には予約が必要で全然予約が取れない状況です。

  どうするか。3時間ぐらい迷った末、iPhoneXに乗り換えました。

 

  iPhoneXをしばらく使ってみての感想。

  • Face IDは認証しない時もあるけど精度は高め
  • ホームボタンが無いのはあっさりなれる
  • イヤホンジャックが無いのは評価が分かれるかも
  • バッテリーのパーセンテージが出ないのは地味にストレス
  • その他サプライズ的な嬉しい要素は発見できず

 とりあえず快適にはなったけど、乗り換えて心から良かったなあ、ということは今の所あまりありません。画質やカメラはかなり改善されているようですが、僕はそっちにはあまり重きを置いていないので評価はそんなにしていません。

  iPhone8で良かったかなあと思わないでもないですが、まあ買っちゃったものは仕方ないので、これからも使い続けます。

 

   大きな決断から小さな決断まで、いろいろ判断させられた5月でした。主体的に判断することは出来ていたと思うのですが、人を巻き込んで調整したり動いてもらうのは本当に難しいとも感じました。このへんの力、特に仕事で本当に鍛えたいです。やれやれ。

 

6月のカード。

6月:魔術師(正位置) -創造性・意欲・新規のプロジェクト・試みの成功- 

 試みの成功を信じて新しいなにかにチャレンジしたいです。何しましょうね。 

「夢はありますか?」随分難しいことを聞きますね。

  Question-box に表題の質問が届いていました。

  この質問を読んだ時の僕の反応はタイトルの通りです。答えるのに時間がかかりそうなので、つらつら散文を書きます。

 

  子供の頃に描いていたような夢だったらもう無いし、持つことは無いと思っています。子供の頃の夢は、大きくなったらダイナブルー、あとはコナミの課長。ゲームを作りたかったんですよ。今は別にダイナブルーにも、コナミの課長にもなりたいと全然思いません。ダイナブルーはもし本当の世界だったとしたら悪の組織と戦うのはさすがに勇気が足りないし、実際の世界の話だったらスーツアクターや俳優になりたいってことだけど、それよりは他にやりたいことがあるから、夢にはならないかなあ。コナミの課長は、もうコナミがあんまりな状態だから*1、あそこで働きたいとも思えないです。

 

  じゃあ、今は?

  バックギャモンで世界一になりたいとか、書き物で文学賞を取りたいとか、そういう欲望はあるけれど、これ、夢っていうのかなあ?と首を傾げている状態です。さっき挙げたのって、なんとなく「目標」とか「願望」とか、という言葉の方がしっくり来ちゃって、「夢」って感じじゃないんですよね。今の現実とそれが実現する可能性を考えると、かなり実現する可能性は低いから、そういう意味では夢、あるいは夢想と言ってもいいんだけど、「夢」ってそういうもんじゃないなあ、と感じちゃってるんですよ。

  一言で言い表すのにチャレンジするんだったら「ピュアな現実知らず」とでも言えばいいのかなあ。うん、現実知らずって「夢」を表すのに大事な要素だと思う。ちょっと現実を知ってる人からすれば馬鹿にされるようなことを、臆面もなく本人が言えることを「夢」って言うんだろうな、と。さっきの「バックギャモンで世界一になる」「書き物で文学賞をとる」って、どっちも自分自身ができるってあまり思えて無いんですよね。だから夢っていうのは違うのかな、と。

 

  だから、この質問に答えるんだったら「夢はありません」「バックギャモン世界一、書き物で賞を取りたいって思うけどただの夢想です」だけで済みます。ただ、もう少し書きたいという気持ちもまだあります。

 

 

  40歳になりました。

  若い頃より、ずっと運動しているので、体力が落ちたという感じはしません。

  若い頃より、書き物のスピードは上がりましたが、大喜利の瞬発力は衰えています。

  若い頃から、全くモテず女性に相手にされなかったので、加齢によるディスアドバンテージは全く感じていません。

  若い頃より、現実を知るようになったので、判断のスピードは上がりました。

  若い頃より、現実を知るようになったので、夢を持てなくなりました。

  現実を知ったので、夢はありません。でも、人生はまだ楽しいです。

 

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  玉ねぎが10kg届きました。今年で5年目になります。

  最初は本当にタダのノリでした。腐らせてしまうかも、と思っていましたが、結果使い切ることができました。以来、クックパッドに創作たまねぎレシピを載せたり、玉ねぎゲーム会を開いてみたりと、少しずつやることが広がっていきました。

 

  多分、これから夢を持つことは無いと思います。なんとなく自分自身の器の量がわかってしまったので、それに合った生き方をしていくしか無いなと感じています。反面で、自分の世界の中にあるものに積極的にアプローチしていけば、自分の世界は広がっていくと感じているからです。

 

  僕の世界では、玉ねぎは10kg家に届きます。他の人の家にはあまり届きません。それを、珍しいという人や面白いという人がいます。

  玉ねぎが10kg家に届くのは、僕が作った現実です。

  夢はもう持てませんが、現実を開拓していくのは今でも楽しいです。

 

  今日考えたのは、そんなところです。

*1:子供の頃に遊んでいたゲームのクリエイターの方々が冷遇されていたことを知ったのはショックでした……。

今年はちゃんと振り返りをしたい -4月編-

もう今年も3分の1が過ぎたという事実に唖然としています。

 

townbeginner.hatenablog.com

 

4月は、

4月:戦車(逆位置) -限界を感じる・コントロールできない状況・不甲斐なさ・苦闘- 

  まあ、苦闘はしましたね。会社が移転したんですが、ジムの設備が以前の場所より悪くなってる&高いで明らかにジムに行くモチベーションが下がってます。コレ書いている今は、プールを使うとか続けるためのアイデアを出していますが、年会費払い終わったら解約して近所のジムに行くことも真剣に検討しています。

  ただ、限界を感じるとかコントロールできない状況、というのはそれほどピンときていないです。仕事だと、初動が遅れはしたものの仕事の仕組みづくりについて主管としてリーダー巻き込んで取り組み始めたり、遊びでは貸切を主催したりと、少しずつ自分のできることの枠を増やして言っている感はあります。本当にちょっとずつですが。

  先月書いた「書くこと」についても、noteアカウントを開設して試験的に書き物を分けていこうかなと思っています。noteはがっちりしたもの、ブログはそれよりは柔らかめの記事を。引き続きご愛顧いただけますと幸いです。

 

 今月5月は、

5月:皇帝(正位置) -獲得したい目標・実行力・リーダーシップ・繁栄-

 ようやく明るいカードが来ましたね。このカードに恥じないよう生きたいものです。

物語を始めた日

   僕は夏休みが大好きだった。学校に行かなくていいからだ。

 

   中学受験で第一志望に受かった喜びは、実際に中学に通ってから一ヶ月ぐらいで消えた。友達も全く作れず学校で孤立し、1人でゲームに逃避するようになった。次第に肝心の学業も低迷し、運動が苦手だった僕に居場所はなかった。クラスメートがそんな僕を見て、「こいつには何してもいい」と認識するのにさほど時間はいらなかった。学業が振るわないにも関わらず家でゲームばかりして勉学に励んでいる様子が見えない息子に、両親は当然雷を落とした。

  どうにかしなければいけないということはわかっていたけど、どうすればよいのかわからなかった。中学の3年間で、僕は助けを求めるという行為のことを、「ここに弱点ありますよ」と敵に教える自殺行為だと学んでしまった。僕は脚を持ち上げることのできない底なし沼にはまり、1人で生きていくしか無いということを暗く薄っすらと学んだ。

  高校は、先生やクラス構成、カリキュラムが変わったために底なし沼からは抜け出せたけど、中高一貫だったので人間関係はあまり変わらず、通学が「お務め」であることにも変わりはなかった。高校1年の7月、期末試験をなんとか切り抜けて夏休みに入った。学校に通う必要がなくなった。

  僕は夏休みが大好きだった。

 

  夏休みは図書館で星新一や筒井康隆の本を借りて読むか、家でゲームをやるか、秋葉原でゲームをやるかのどれかだった。当時は2D格闘ゲーム全盛期で、秋葉原のソフマップ店頭にはサムライスピリッツやキング・オブ・ファイターズなどのSNKゲームが負け抜け方式で試遊できていた。連勝すればそれだけ長くプレイできるし、ゲームは面白い上にタダ(!)。僕は真夏日に日差しの強い屋外の行列に並ぶのも苦にせず、定期的に通ってプレイし、連勝したり、あるいは1度も勝てずに悔しい思いをしながら時間を過ごした。

  次々と対戦相手を倒し、行列を一周させた。二周目に来た相手を何人か倒したところで、「帰ろうぜ」と負けた相手にプレイヤーが声をかけていたのを見た。20年以上経っても、こんななんでもないシーンをはっきり覚えているのは、その時「俺は友達いないけど、お前らよりサムスピ*1上手いからな」というせめてものプライドを維持したかった気持ちも覚えているからだと、今になって思う。

  次の試合で、僕の牙神幻十郎は敗れて記録は19連勝で止まった。この記録が更新されることはなかった。

 

   19連勝した帰り路に、前から気になってたレンタルCD屋に寄った。面白そうなテクノやゲーム・ミュージックがあれば借りようと思ったからだ。当時はTRFなどの小室サウンド全盛期だったけど、僕は全く興味が持てず、むしろクラスメートが聴いているからという理由で好きじゃないとすら感じていた。

 

  ゲーム・ミュージックを探すために、邦楽と洋楽の棚を素通りして奥に行った。残念なことにゲーム・ミュージックの棚は狭くめぼしいものは無かった。何か無いかなと隣の棚を探したところ、一つのアルバムが目に入った。

WAVE

WAVE

 

 T-SQUARE「WAVE」。

 (あれ、確か……)

  記憶を辿り、どこで聴いたのかを思い出した。「来年の修学旅行のテーマ曲を決めよう」というクソどうでもいい学校の企画で、ノミネートされた曲にT-SQUAREの曲があった。他の曲と違い、ボーカルが無いことが新鮮だったからアーティストのタイトルは覚えていた。

  どんな曲だったかは覚えていなかったけど、確か良かった。そう思ったのかどうかは正直覚えていない。ただ、なんとなくで僕はT-SQUAREのWAVEを借りた。

 

  帰宅して早速CDプレイヤーにCDをセットして、再生ボタンを押した。*2

 

 

  再生開始10秒で僕の動きは止まった。

  オープニングのフェードインからのEWIによるイントロを、僕はただ聴いていた。

  衝撃だった。飲み物を取りに行くとか、エアコンを調整するとか、しばらくそういう日常の動作をすっかり忘れて、ただCDプレイヤーの再生時間を見ていた。ドラマチックで何かが始まるオープニング曲。曲が始まってから少し時間が経って、やっとそういう形容ができるまでに我に返った。

  実際の時間にしたら1分も無い。でもその時には、今までの世界が全く違って見える、伝説の聖剣を引き抜いたかのような感覚を味わっていた。

  1時間弱のアルバム再生が終わり、僕はすぐにアルバムリピートをつけて再生をした。

  曲は聴けば聴くほど耳に馴染んでいった。WAVEは暑い夏とジャケットの波の写真のお陰で、僕にとって夏のイメージになった。日差しの強い午後に自転車を全力で漕ぐ、ICE BOXに三ツ矢サイダーを注いでキンキンに冷やしてぐいっと一気に飲む、図書館で本を探す。どうということもない日々の1シーンが、T-SQUAREがリンクしていき、ある物語の1シーン1シーンとして心が少しずつ弾むようなものになっていった。 

 

  それから僕の生活はすっかり変わった。学校が終わったら図書館で星新一や筒井康隆の本を借りて読むか、家でゲームをやるか、秋葉原でゲームをやるか、CD屋でT-SQUAREのアルバムを眺めて溜めた小遣いで買うか、図書館でT-SQUAREのアルバムを見つけて借りるか、のどれかだ。傍目には何も変わらないように見えるけど(そもそもその当時の僕にそこまで関心を持っていた人間はいない)、僕の生活は間違いなく変わった。ただ地下の暗い道を、音を鳴らさないように細心の注意を払いながら脱出を図る脱走兵のような生活が、自分は何がしかの物語の主人公で、どこかへ冒険に出かけるための生活になった。そう肌で感じられたことと、勉学の成績が持ち直したことは無縁ではないと思う。テストでひどい点を取った時、ただ落ち込んでゲームをやるのではなく、T-SQUAREのアルバムを買って机に向った事を覚えている。多分あの時が初めて自分自身の意志で「体制を立て直して次は頑張る」を思えた日だ。

  T-SQUAREは僕の人生を物語にしてくれた。

Natural」は山岳に住む村人と霊鳥たちの物語。「NEW-S」は夜の摩天楼で人知れず走り抜けて戦う秘密組織の物語。「Impressive」は少し穏やかで賑やかな街中の物語。「Truth」は夕暮れの荒野、丘陵から一気に崖を下っていく遊牧民の物語。世間の話題に全く着いていくつもりが無かったから、「Truth」がF1で世間的に知られている曲だと知ったのはもっと後だったし、むしろ物語に邪魔だとすら思った。

  これらは全部僕の頭にしか無い、アバウトなストーリー、要するにただの妄想である。曲に歌詞が無いので、きっと同じアルバムの同じ曲を聴いても、このストーリーは僕以外にはイメージできないし、わかってもらえない。でも、それでも、僕にとっては、自分のこの生活を様々な豊かな物語にすることができたし、前に進むための原動力になった。

  音楽を勉強しておらず、雑誌を読むなどの基礎知識を全く習得していなかったため、T-SQUAREの良さを誰かと分かち合う方法はわからなかった。大学時代もフュージョン系のサークルに入ったけど全くついていけず辞めた。以来、僕はT-SQUAREをレビューしたり論評することをしていない。T-SQUAREは僕1人だけの頭の中にある物語として未だに続いている。

 

  「心が動いた体験」として、人はどういうことを挙げるのだろう。友人や恋人・恩師・親や子供など自分にとって大事な人との物語を語るのだろうか。

  今書いた物語に、自分以外の他人は一切出てこない。何がしかの影響は受けても、「心が動いた」という言葉が当てはまるような影響があったかと言われると自信がない*3。自分の人間関係が貧弱なのだろうか、と思い悩んだり、影響の受け方がたまたま人とは違うだけだと捉え直しをしている。

  この文章も書いている今も、Amazon EchoからT-SQUAREの「明日への扉」が流れている。T-SQUAREと僕は、あれからずっと僕の物語を作り続けている。

 

CITY COASTER(完全生産限定盤) [Analog]

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   4月にT-SQAUREの新盤が出るので予約購入をした。

   奇しくもT-SQUAREの結成年は僕の生まれ年と同じだ。リーダーの安藤まさひろ氏はもう還暦を過ぎているけど、図々しくももうしばらくは僕の物語を作ってくれないかと願っている。

 

*1:サムライスピリッツ」。ストリートファイターⅡがきっかけでブームとなった格闘ゲームの中でも特に好きだった。初代でタムタム使っていたのに「真・サムライスピリッツ」でいなくなってたのが寂しかった。完全に余談。

*2:本当はYoutubeのリンクを貼ろうとしたけど、公式のが無かったから止めた。T-SQUAREに関しては、非公式のリンクを貼りたくないと思ってしまっている。

*3:悪い意味で心が動いた経験なら、パワハラで鬱になったことがある。しかし長々と書きたくない。