今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

おれが面白いと考えていることはこれだっ!! -クリエイティブ・ライティング合宿参加記録-

  作家が「缶詰」と称し、どこかのホテルや温泉宿に行き(あるいは編集者に連れて行かれ)、ひたすら原稿を書く、というのがある。そうまでしないと書けないのか、と昔は思っていたけど、今なら分かる。「日常」は細々とした「気にすべきこと・気になってしまうこと」が多過ぎるのだ。普段の場所でも原稿は書けるけど、それをずっと一日中、となると多分無理だ。食事とか各種の家事もしないといけないし、仕事に関連する本を読んで準備もしたいし、あと気になってるゲームの続きもやりたい。原稿を書いては休み、書いては休み休み休み、という感じで思ったように進められないことは容易に想像できる。

  だから「合宿」という言葉が出た時、直感的に参加を決めた。会場へは自宅から電車で十分に行ける距離だったけど、宿泊施設を利用して缶詰の体験をしてみたかった。

  これが、僕が9/23,24の三連休の終わり二日間に「クリエイティブ・ライティング合宿」に参加するを決めた動機である。

 

クリエイティブ・ライティング講座

  「クリエイティブ・ライティング講座」とは、作家の小野美由紀さんが月一回に開いている文章講座で、身体的なアプローチを含めた様々なワークを行い参加者自身の文章作品を作り上げていくという講座である。

  講座の詳細は以下のリンク参照。

onomiyuki.com

 今回は合宿という形式のため(合宿という形式を取るのはこれが初めてらしい)、1日目がワーク中心、2日目に実際に作品を作るというプロセスで書くことになった。

 

身体にアクセスするワークで木になる

  身体に関するワークは、もう一人の講師、青剣さんが担当。「からだ部」や「きがるね」という、身体的な活動を行うワークショップを開いているダンサーで、合宿の前半はこの身体的なワークを実施。

 

  やったことは

  • ペアで前の人は目をつぶり、後ろの人に動かしてもらう
  • 一列でつながり、一番前の人が一番後ろの人と鬼ごっこ
  • 適当な擬音を出しながら動作をして、相手はそれに合わせて動作する
  • 全員中央に集まり互いに力を抜いて座り、一つの木になる

といったもの。

過去の活動レポートが写真付きでアップされていたけど、

きがるねレポート

だいたいこんな感じ。

 

子供の頃の作品を思い出すワークで童心に帰る

  身体的なワークショップで体をほぐし、心なしか気分が晴れた感覚になった。続いてのワークは「子供の頃に書いたものを再現してみる」ワーク。昔書いた絵日記や読書感想文を再現して、他の人は感想を互いに付箋で書いていく。

  例えば僕の場合は

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  • 日記で姉に対する不満を書いたけど、先生は全くそこに触れてくれずに不満を持ったこと
  • 小学一年生の頃に(書いた経緯はすっかり忘れたけど)タヌキがパンを届けに行く童話

  これらの作品に対しする他の参加者からの質問に答えることで、少しずつ自分が何が好きだったか、何が面白いと思っていたのか、何が嫌だと思っていたのか、感情を少しずつ思い出して行く旅に入っていった。

 

即興大喜利ワークをして、話をでっち上げるのは楽しいと確信を持つ

  その後はいくつか文章に関するワークを行っていく。

  •   3人一組になり、よくわからない絵が書かれたカードを渡され、それを元に即興で文章作品を作る。詩・エッセイ・ルポ・川柳なんでもOK*1
  • ある音楽を聴いて、思いついたことを書く。音楽に関する感想はもちろん、インスピレーションで浮かんだことなど、なんでもOK。
  • 4人一組になり、単語と形容詞をリストアップし、タイトルだけ決めたら横の人に渡して、渡された人は2分間でそのタイトルの小説を書き、次の人にパスし、リレー形式で書いていく*2
  • 2人一組になり、相手が話した思い出のエピソードを元に紙粘土細工を作る。その後、別のペアの人がその紙粘土細工だけを見て、思い浮かんだ文章を書く(これも形式は問わない)

  これらのワークは収穫が多かった。自分がどういう時に筆が進むのかよくわかったからだ。

  • 一定の情報量を得られる時
  • 客観的な事実を元にでっち上げの話を作れる時
  • 一見なんにも関係の無い2つ以上の事柄がリンクできた時

   僕の書いた作品は小話が多く、構成を立てて書いていって、というように考えること自体がとても楽しかった。ある一つの物語、まだはそれに付随するシーンを思い浮かべ、書いていくのが好きなんだと思った。試しにワークで書いた作品を今振り返ってみたところ、少し単語やフレーズは見直したいと思ったけど、書いたものの着眼点や構成は今でも気に入っている。

  情報を繋げて話を作り構成を考えることは、とても楽しいことだと思ったし、そこから新たな着想が出てきた。僕の場合、着想は最初に出るのではなく、構成から生まれるのだろう、と感じた。

  こうして1日目のワークを終えた。懇親会も兼ねた夕食は、童心を保つためにオムライス*3とノンアルコールビール*4を頼んだ。

 

  書きたかった小説をひたすら書く

  2日目は再び身体のワークを行い体をほぐし、いよいよ作品作り。もともと書いていた小説の続きを書くつもりだったので、ひたすら没頭して書いた。長編小説ということもあり章の途中までしか書けなかったけど、振り返ってみたら4700字近く書いてた。時間は確か1時間程度だったと思うので、間違いなく集中して書いてた。

  感覚的にはうっすらとゴールが見えつつ、脇道の色々なイベントをこなしながら走っている感覚だった。途中、構成を入れ替えて新しいネタに気付いたり、様子を表現すべきフレーズをひねり出したり、最後の最後で敵キャラがご乱心したり、心と頭を遊ばせながら走っていった。長編なのでこの後の続きを書く必要があるけど、今回書いたシーンは、ちょっと他のシーンとの接続を考える必要はあるけど、なかなかに気に入っていて活かしていきたいと考えている。

 

面白いと考えていることをひたすら書く

  島本和彦「吼えよペン 1巻」(2001年,小学館) P.189より。

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   劇中、主人公の漫画家「炎尾燃」はキャバクラで軟禁され、キャバ嬢が考えた作品を書かされるのだけど、自分を取り戻し、書かされた原稿を破り自分の作品を作りキャバ嬢をねじ伏せた。このシーンにすごいカタルシスを感じたのだけど、(趣味とはいえ)モノを書くようになって、このシーンの凄さが改めて理解できた。

  自分が面白いと考えていることを徹底的に書かないと、どうしようもない。読者に受けるかどうかは様々な要素がある。絵柄・ストーリー・キャラクター・セリフやフレーズ・その時代の流行、などなど。しかし、それらを予測したところで、自分自身がそれを全て網羅して合わせることはほぼ不可能だ(そもそも予測できること自体が不可能に近い)。だとしたら自分自身のスイートスポットを見つけ、そこで勝負を仕掛ける方が精神的にも余程良い*5

  面白いと考えていることはきっとこれからも見つかるだろうし、そういうことをどんどん書きたいと感じている。

 

  ただ、帰宅した自分を待ち構えていたのは、宅配便の不在票と取り込まれていない洗濯物と仕事の準備だった。しばらくは日常に戻り諸々の片付けをしてから、童心に帰るための準備をする必要があるらしい。 

*1:ちなみに、この時のお題の絵として使われていたのは「Dixit」のカード。確かに奇妙な絵としてうってつけの題材だと思う。

*2:気付いた人もいるかもしれないけど、やっていることは「じゃれ本」と同じ。ただ、今回のワークの主眼は「他人の力を借りることに目を向けること」なので、じゃれ本の趣旨とは違うと青剣さんからのコメント。納得。

*3:昔、コボちゃんがアニメ化された時、せっかく夕飯がオムライスだったのに松茸が届いたから松茸ご飯に変更したお母さんに「やだーーーオムライスがいいーー!!」と駄々をこねるコボちゃんを見てから、オムライスは子供の象徴に近い。

*4:子供はお酒に憧れるけど、アルコールは禁止なので。

*5:件の島本和彦氏も、現在「アオイホノオ」が大ヒットしている。「時代が島本和彦に追いついた」と評されていたが、その通りだと思う。

今年はちゃんと振り返りをしたい - 6月7月-

ちゃんと月ごとに振り返りをしたかったのに、間が空いてしまいました。

気を取り直して、2ヶ月分まとめてやります。

 

6月:魔術師(正位置) -創造性・意欲・新規のプロジェクト・試みの成功- 

  仕事に関してはバッチリ当てはまってました。組織の変更などで仕事のやり方が変わったのですが、その最初のプロジェクトが無事に6月で終わりました。特に大きなトラブルも無くて良かったです。

  私事だと、どうやって文章を書くかを少しずつ意識していったけど、まだ形にはなっていない状態ですね。玉ねぎもそんなにちゃんと使えていないので、もう一歩といったところでしょうか。

 

7月:女帝(逆位置) -誘惑に流される・生活の乱れ・浪費・満たされない心-

 これはもう心当たりがあり過ぎて頭抱えています……。

  大阪にしばらく出張に行っていたのですが、夕飯にお好み焼きやうどんといった粉物中心の生活を続けた結果、体重と体脂肪が最高値を更新してしまいました。出張中危険だと思いモビバンを勝って自重筋トレをしたのですが、脂肪の増加には勝てませんでした(筋肉維持はできていたので、効果はゼロでは無かったと信じたいのですが)。

  生活の乱れは、FF14という悪魔のゲームが影響しています。うっかりやり始めると他の時間をゴリゴリ削ってしまうので、慎重にプレイしないと危険です。どうやって終わらせるトリガーを作るかが今の所一番の課題です。いやあ、木工師と革細工師のクエストが楽しいなあ。

 

8月:女教皇(逆位置) -思い込みに囚われる・偏見・批判的・深く考え過ぎる 

   8月。思考に危険信号が灯っています。仕事よりは私生活に関してかな予感しています。あまり深く考えすぎないように気をつけます。

はてな村の隅っこにいる人間として

本エントリーは感情の整理のためのエントリーです。 

 

Hagexさんこと岡本顕一郎さんが殺された。

www.asahi.com

  当初「ITの講師が刺殺」と書かれた記事が、Hagexさんだと判明するにあたって、いっきにはてなブックマークが騒がしくなり、2018年6月25日22時30分現在、トップページのホットエントリーは9つ中8つが本件に関する記事である。

lineblog.me

 

zaikabou.hatenablog.com

 

  はてなブックマークでたまに上がってくるHagexさんの記事を読んでた。その時の印象は

「丁寧に記事を拾ってるなあ」

  という印象だった。主にイケハヤ・はあちゅう関連の記事で、少なくとも愉快犯として炎上させようという感じは受けなかった。丁寧に証拠集めをして炎上させる、やまもといちろう氏と同じ系譜と感じていた。嫌いだと言う意見はわかるけど、不都合なことを容赦なく突きつける、ある種のカタルシス的なものを自分が感じたのも事実だった。

 

  そのHagexさんが、自分の講演会の直後に、刺されて死んだ。

  意味がわからなかった。要人の暗殺みたいなことが起こった。

  

  程なくして犯人が出頭していた。犯人ははてなの捨て垢を作っては誰彼構わず「低能」と罵倒しまくっては通報されてその都度凍結されて、しまいには「低能先生」と呼ばれていた人物、らしい。はてな匿名ダイアリーに犯行声明を出していたらしいが、もう運営に消されてしまっているので、本人かどうかは結局不明のままだ(時間や犯人しか知りえない情報から本人と言われているけど、本人の口から聞くまで信じないことにしている。)。

 

   次々と上がってくるホットエントリーの哀悼記事を読みながら、「運が本当に悪くてHagexさんは死んだ」としか思えない自分がいる。低能先生が罵倒していたのはHageさんだけじゃないし、Hagexさんだけが非難したわけでもない。ただ、たまたま低能先生がいる福岡にHagaxさんが講演で来ていて、低能先生が気を起こして、こうなったんだと思う。

  ただの偶然の積み重ねにしか見えない。だからこそ救いようがない。

 

  『今週末に開催されるはてなの公式イベント「はてなミートアップ」は?』というブコメを見た。嫌な予感がした。

  

blog.hatenablog.com

 予感は的中した。中止になっていた*1

  昔「数万人に一人のクズが社会構造を決定する」というエントリーを読んだ*2。池田小学校の事件などを引き合いに、激レアな事故を防ぐために万人にコストを強いるという趣旨だったと記憶しているが、今回の事件もその契機になるのだろうなと感じている。

  ブログなどで情報発信するということは、それなりに責任の伴う話で、安全・安心といったことも考慮しなければいけないくらい利用者が増えて、インフラも発達してきたということなのだろう。これ自体は歓迎すべき話だ。人が増えて整備が行き届けば、それを土台としたさらなる技術・文化が生まれる。しかし、今回の事件はその契機としてはあまりにも重すぎる。名前のあるブロガーやイベントが一時的であれ萎縮してしまうのは望ましくない。それがデフォルトになり兼ねないから。

 

  他の人から見たら、僕は呑気に見えるのだろうか。隅っこの方で書いてるだけで、僕自身にはそこまで影響が無いからそう感じるだけなのだろうか。安全・安心は大事だけど、萎縮して書きたいことが書けなくなっているというのは、もうその時点で安全・安心が脅かされてしまっていることになるんじゃないだろうか。

 

  まだしばらく、はてな村の隅っこで特にどうということもない記事を書き続けると思う。

*1:Hagexさんのブコメにスターが輝いているのが悲しい。

*2:当該エントリーを読みたかったが、残念ながらリンク切れらしく読めなかった。

未来の匂いのする夜の街・時間が止まる朝の街

「TOKYO NOBODY」という写真集がある。

 

TOKYO NOBODY―中野正貴写真集

TOKYO NOBODY―中野正貴写真集

 

 僕は写真にあまり興味は無いのだけど、夜景、特に大都会の夜景は例外だ。夜はこれからだとばかりに光る電灯やネオンサイン。高い場所から見える、真っ暗な空間に浮かび上がった様々な色と明るさから成る電気の群れを見ると、人間の姿こそ見えないけど、確実にたくさんの人間が活動をしているのだと思える。コンピュータに興味津津だった子供の頃、未来の匂いが立ち上る秋葉原のネオンサインを見て胸を踊らせたのだけど、その時の気分が大人になった今もどこかに残っているのかもしれない。

  大都会の夜景は未来の匂いと賑やかさのおかげで、ずっと眺めていても飽きない。

 

 「TOKYO NOBODY」は、そんな都市風景の写真集を探してる中でたまたま出会った写真集だ。タイトルの通り、「東京」で撮影した「誰もいない」風景ばかりが収められている。変わった写真集だな、と思いAmazonで注文し本を開いて開いて1ページ1ページめくって眺めた。

 

  ぞっとした。それが「TOKYO NOBODY」を最後まで見た時の感想だった。

 

  写真の多くは陽の光が柔らかく射しているから、おそらく人のいない早朝に撮影されたのだろう。しかし、こうも人がいない建造物だけの写真を見せられると、なんだか人間が死に絶えてしまった近未来を連想してしまった。早朝の写真のはずなのに、「人間がこれから活動を始める」というイメージはこの写真集からは読み取れなかった。日本橋の橋のたもと、渋谷のPARCO周辺、サロンやソープの水商売の集まる区画、銀座のホコ天の区画、お台場の無造作に並べられたコンテナ、雪の降る首都高と雪の積もった皇居周辺。

  人は一人も写っていない。みんなどこへ「消えて」しまったのだろう。

 

  この写真集は1990年から2000年に撮影された写真を集めている。INAX、富士銀行、Yamagiwa、imidas、シャンテシネ。今はもうない看板や建物、会社が写真の中に納められていることで、余計に「人類が絶滅した未来の風景」という感想が強くなっていく。これから年月を経るに連れ、もっと無くなっていく建物や看板が増えて、「人類が絶滅した未来の風景」の色はますます濃くなっていくのだろう。

 

   念のために書いておくと、「TOKYO NOBODY」を酷評する気はまったくない。むしろ人だらけの東京という街で、これだけの無人の風景を撮影したことは称賛したい。インターネットも含め電子技術も十分に発達していなかった事も考えると、撮影に10年間かかった、というのも頷ける話である。ただ、僕が(勝手に)期待していた、未来の匂いがするような人間の躍動感が感じられる写真集ではなかった、というだけのことである。

 

   「大都会の夜景は未来の匂いと賑やかさのおかげで、ずっと眺めていても飽きない」と書いた。実のところ、このことがはっきり意識できたのは「TOKYO NOBODY」のおかげである。

 

「TOKYO NOBODY」は大都会の夜景とは真逆だ。

 陽が落ちて人は寝静まっているはずなのに、電光が人の存在を表している大都会の夜景。

 陽が射して人は目覚め動き出すはずなのに、何処にも人の存在が見えない「TOKYO NOBODY」。

 子供の頃に見た電気街を連想し、未来への匂いを感じられる大都会の夜景。

 今はもうない看板から、過去で時間が止まった姿を見せられる「TOKYO NOBODY」。

 「TOKYO NOBODY」があったからこそ、なぜ自分が大都会の夜景に惹かれ心が踊るのか、なぜ自分が「TOKYO NOBODY」を見てぞっとしたのか、はっきりとわかった。未来の匂いのするところは楽しいし居たいし、時間が止まった場所は怖くて居たくない。僕の趣向には少なからず、そういった面があるのだろう。

 

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 ネオンサインのきらめく秋葉原。

 今でも、この風景を見ると未来の匂いを感じ取ることができる。夜の街の光は、不思議な力が宿っていると信じている。

今年はちゃんと振り返りをしたい -5月編-

もうすぐ1年の半分が過ぎ去るというジョーク。

 

townbeginner.hatenablog.com

 

5月は、

5月:皇帝(正位置) -獲得したい目標・実行力・リーダーシップ・繁栄- 

 と、初めて良い兆候を表すカードが出てきました。

  公私を振り返ると、あたっている部分はあるけどリーダーシップという部分ではもう一つかなあ。

 

  4月に近所のジムに行くか検討していると書きましたが、今までのジムを止めて近所のジムに行くことにしました。年会費で支払っているので二重登録になってしまう期間はありますが、金額の計算をした結果、今月入会したほうがトータルで安くなるので、入会しました。

   会社近く:着替えは用意してくれる、ジャグジー無し、設備普通

   自宅近く:着替えは自前、ジャグジーあり、設備充実

ということで、自宅近くのジムにシフトしつつ、会社近くのジムはスポット的に利用できたらするという方向で通ってます。

 

  iPhoneの液晶が壊れました。操作が全くできず使い物になりません。修理は2万以上、しかも修理には予約が必要で全然予約が取れない状況です。

  どうするか。3時間ぐらい迷った末、iPhoneXに乗り換えました。

 

  iPhoneXをしばらく使ってみての感想。

  • Face IDは認証しない時もあるけど精度は高め
  • ホームボタンが無いのはあっさりなれる
  • イヤホンジャックが無いのは評価が分かれるかも
  • バッテリーのパーセンテージが出ないのは地味にストレス
  • その他サプライズ的な嬉しい要素は発見できず

 とりあえず快適にはなったけど、乗り換えて心から良かったなあ、ということは今の所あまりありません。画質やカメラはかなり改善されているようですが、僕はそっちにはあまり重きを置いていないので評価はそんなにしていません。

  iPhone8で良かったかなあと思わないでもないですが、まあ買っちゃったものは仕方ないので、これからも使い続けます。

 

   大きな決断から小さな決断まで、いろいろ判断させられた5月でした。主体的に判断することは出来ていたと思うのですが、人を巻き込んで調整したり動いてもらうのは本当に難しいとも感じました。このへんの力、特に仕事で本当に鍛えたいです。やれやれ。

 

6月のカード。

6月:魔術師(正位置) -創造性・意欲・新規のプロジェクト・試みの成功- 

 試みの成功を信じて新しいなにかにチャレンジしたいです。何しましょうね。 

「夢はありますか?」随分難しいことを聞きますね。

  Question-box に表題の質問が届いていました。

  この質問を読んだ時の僕の反応はタイトルの通りです。答えるのに時間がかかりそうなので、つらつら散文を書きます。

 

  子供の頃に描いていたような夢だったらもう無いし、持つことは無いと思っています。子供の頃の夢は、大きくなったらダイナブルー、あとはコナミの課長。ゲームを作りたかったんですよ。今は別にダイナブルーにも、コナミの課長にもなりたいと全然思いません。ダイナブルーはもし本当の世界だったとしたら悪の組織と戦うのはさすがに勇気が足りないし、実際の世界の話だったらスーツアクターや俳優になりたいってことだけど、それよりは他にやりたいことがあるから、夢にはならないかなあ。コナミの課長は、もうコナミがあんまりな状態だから*1、あそこで働きたいとも思えないです。

 

  じゃあ、今は?

  バックギャモンで世界一になりたいとか、書き物で文学賞を取りたいとか、そういう欲望はあるけれど、これ、夢っていうのかなあ?と首を傾げている状態です。さっき挙げたのって、なんとなく「目標」とか「願望」とか、という言葉の方がしっくり来ちゃって、「夢」って感じじゃないんですよね。今の現実とそれが実現する可能性を考えると、かなり実現する可能性は低いから、そういう意味では夢、あるいは夢想と言ってもいいんだけど、「夢」ってそういうもんじゃないなあ、と感じちゃってるんですよ。

  一言で言い表すのにチャレンジするんだったら「ピュアな現実知らず」とでも言えばいいのかなあ。うん、現実知らずって「夢」を表すのに大事な要素だと思う。ちょっと現実を知ってる人からすれば馬鹿にされるようなことを、臆面もなく本人が言えることを「夢」って言うんだろうな、と。さっきの「バックギャモンで世界一になる」「書き物で文学賞をとる」って、どっちも自分自身ができるってあまり思えて無いんですよね。だから夢っていうのは違うのかな、と。

 

  だから、この質問に答えるんだったら「夢はありません」「バックギャモン世界一、書き物で賞を取りたいって思うけどただの夢想です」だけで済みます。ただ、もう少し書きたいという気持ちもまだあります。

 

 

  40歳になりました。

  若い頃より、ずっと運動しているので、体力が落ちたという感じはしません。

  若い頃より、書き物のスピードは上がりましたが、大喜利の瞬発力は衰えています。

  若い頃から、全くモテず女性に相手にされなかったので、加齢によるディスアドバンテージは全く感じていません。

  若い頃より、現実を知るようになったので、判断のスピードは上がりました。

  若い頃より、現実を知るようになったので、夢を持てなくなりました。

  現実を知ったので、夢はありません。でも、人生はまだ楽しいです。

 

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  玉ねぎが10kg届きました。今年で5年目になります。

  最初は本当にタダのノリでした。腐らせてしまうかも、と思っていましたが、結果使い切ることができました。以来、クックパッドに創作たまねぎレシピを載せたり、玉ねぎゲーム会を開いてみたりと、少しずつやることが広がっていきました。

 

  多分、これから夢を持つことは無いと思います。なんとなく自分自身の器の量がわかってしまったので、それに合った生き方をしていくしか無いなと感じています。反面で、自分の世界の中にあるものに積極的にアプローチしていけば、自分の世界は広がっていくと感じているからです。

 

  僕の世界では、玉ねぎは10kg家に届きます。他の人の家にはあまり届きません。それを、珍しいという人や面白いという人がいます。

  玉ねぎが10kg家に届くのは、僕が作った現実です。

  夢はもう持てませんが、現実を開拓していくのは今でも楽しいです。

 

  今日考えたのは、そんなところです。

*1:子供の頃に遊んでいたゲームのクリエイターの方々が冷遇されていたことを知ったのはショックでした……。

今年はちゃんと振り返りをしたい -4月編-

もう今年も3分の1が過ぎたという事実に唖然としています。

 

townbeginner.hatenablog.com

 

4月は、

4月:戦車(逆位置) -限界を感じる・コントロールできない状況・不甲斐なさ・苦闘- 

  まあ、苦闘はしましたね。会社が移転したんですが、ジムの設備が以前の場所より悪くなってる&高いで明らかにジムに行くモチベーションが下がってます。コレ書いている今は、プールを使うとか続けるためのアイデアを出していますが、年会費払い終わったら解約して近所のジムに行くことも真剣に検討しています。

  ただ、限界を感じるとかコントロールできない状況、というのはそれほどピンときていないです。仕事だと、初動が遅れはしたものの仕事の仕組みづくりについて主管としてリーダー巻き込んで取り組み始めたり、遊びでは貸切を主催したりと、少しずつ自分のできることの枠を増やして言っている感はあります。本当にちょっとずつですが。

  先月書いた「書くこと」についても、noteアカウントを開設して試験的に書き物を分けていこうかなと思っています。noteはがっちりしたもの、ブログはそれよりは柔らかめの記事を。引き続きご愛顧いただけますと幸いです。

 

 今月5月は、

5月:皇帝(正位置) -獲得したい目標・実行力・リーダーシップ・繁栄-

 ようやく明るいカードが来ましたね。このカードに恥じないよう生きたいものです。