今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

普通に不死身として生きられる世界

  不老不死にはなりたくないが、不死身には一度ぐらいはなっても良いかなと考えている。

 

  子供の頃は若いことに価値があるなんて全く思えなかったら、「不老」の魅力がピンと来なかった。相応に老いた今では、もし不老不死になったら、実は相当しんどい作業が待っているのでは、と考えてしまう。例えば不老不死を願う人物として、いわゆるゲームのラスボスがいる。ラスボスの野望は叶わず倒されるけど、もしラスボスが勝って不老不死の能力を手に入れたらどうなるのだろう、と想像してみる。ラスボスが不老不死の力を手に入れたとしても、すでに側近たちは主人公達に倒されている。ラスボスは強大だが孤独だ。仮に新しい組織を作りその長にもう一度なったとしても、敵も味方も年を経るごとにだんだん死んでいき、自分が知っている人々はいなくなっていく。つまり、絶えず新しい人間関係の構築を行わないといけない。
 人間関係など社会との繋がりをどうやって構築・維持するか。そう考えると、その構築・維持する負担やそれを諦めた時の孤独のしんどさを想像してしまう。

そういうわけで、昔も今も不老不死はあまり魅力的と思えない。

 

 

  一方で不死身のキャラクターには妙な親近感が有る。これは、自分がこれまで読んできた本に登場する不死身のキャラクターは、大抵ギャグ漫画の登場人物だからだろう。普通なら即死するような目に遭っても、だいたいの場合は痛がるだけで死なない。さらに、ラスボスとかではなく、主人公や主人公の仲間として登場し普通に生きている。

 

 

  忍者の修行の一貫として瞑想中の主人公。友達が話しかけても返事が無い。主人公が無視しているので、友達は主人公の周りにバシャッバシャッと水を撒いて発電装置の両極を水にセットする。そしてスイッチオン。
「ゔぉらば!!!」
電流が走り、思いっきり感電する主人公。
「何すんじゃてめーーー!!ギャグ漫画じゃなかったら死んどったわーー!!!」

  もう20年以上前のエロ漫画雑誌に載っていたギャグ漫画の1シーン。タイトルも作者名も覚えていないのだけど、このシーンだけは、何遍も穴が空くほど読んだ当時のエロ漫画よりもずっと覚えている。「ギャグ漫画じゃなかったら」というキャラクターのメタツッコミが当時の僕には面白かった。

 

 

  ギャグ漫画の不死身のキャラクターは死なない。高圧電流を流されても、上空を飛んでいる飛行機から落とされても、戦車に使うような徹甲弾を打ち込まれても、火山の中に突き落とされても、死なない。気絶ぐらいはすることもあるけど、次の話ではしれっといつものように暮らしている。そして次の話は何事も無かったかのように続いていく。

「不死身」はなかなか豪快な特徴だ。「人間は必ず死ぬ」という当たり前すぎる概念に真っ向から歯向っている。だけど、不死身の登場人物がそれを積極的に表明もせず、特に普段の生活の中でも利用しないで生きていける世界は、とても優しく楽しく見える。彼らは不死身だが、「それはそれとして」物語は進んでいく。

 

「なんで不死身になったの?」

「どうやったら不死身になれるの?遺伝?薬?」

「不死身のままでいたい?それとも元に戻りたい?」

  こんな事を不死身のキャラクターに聞く人は登場しない。言い方は乱暴だが、これらの質問は「どうでもいい」。この質問の回答は、真剣に不死身になろうとしている人には役に立つかもしれないけど、不死身になる気がない人にとっては、何の役にも立たないからだ。不死身でないキャラクターは不死身になろうとしないし、不死身であることを(ギャグ的に突っ込むことはあっても)、羨むことも蔑むことも恐れることもない。ただ、「あいつは不死身だ」という理解をして、不死身のキャラクターに接している。

 

  この世の中はいろんな特徴を持った人で溢れている。特徴を持った人たちは、よく質問をされる。

 

  • 発達障害だとわかったのはいつ?
  • 水泳選手になってなかったら何になってた?
  • 好きな男性のタイプと女性のタイプは?
  • 事業を起こしてから一番苦労したことは?

 

  ある特徴を持った人に投げかける質問は、基本的には相手を理解するために必要な質問なのだろう。ただ、「どうでもいい」質問ではないからこそ、「まだ我々はあなたを十分に理解していない」というメッセージを含んでいるように感じてしまう。場合によっては「理解を十分にしていないから、次のステップには進めない」というメッセージも含み、また質問を投げかける。

  人は簡単に理解できるものではないけれど、一度試しに理解したことにして、話を進めたらどうなるのだろう。案外、不都合なく話は回るし、質問される側も、「うるせえなあ、芋ようかん食ってんだよ邪魔すんな」という気分を味わわなくて済むのではないだろうか。

  不老不死と否応なしに関わらざるを得ない世界と、不死身であることを、「それはまあさておき」と横に置いておける世界。後者の方がよほど気楽で、特徴にきちんと向き合える。僕はそう考えている。

 

 

  会社のビルから地上を見下ろした。30階以上あるから落ちたら即死だ。だが不死身の人間なら死なないで済む。ここから落ちて死なない世界って、どんな世界なんだろう。
そこまで想像して、不死身は死なないけど別に痛みを感じないわけではないことに気付いた。もし何かやらかしたら、僕は他の人からここから突き落とされるのだろうか。きっと想像を絶する痛みだろう。
  さすがに余程のことがない限り、ここから突き落とされることはなさそうだ。不死身じゃなくて良かった。