今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

「夢はありますか?」随分難しいことを聞きますね。

  Question-box に表題の質問が届いていました。

  この質問を読んだ時の僕の反応はタイトルの通りです。答えるのに時間がかかりそうなので、つらつら散文を書きます。

 

  子供の頃に描いていたような夢だったらもう無いし、持つことは無いと思っています。子供の頃の夢は、大きくなったらダイナブルー、あとはコナミの課長。ゲームを作りたかったんですよ。今は別にダイナブルーにも、コナミの課長にもなりたいと全然思いません。ダイナブルーはもし本当の世界だったとしたら悪の組織と戦うのはさすがに勇気が足りないし、実際の世界の話だったらスーツアクターや俳優になりたいってことだけど、それよりは他にやりたいことがあるから、夢にはならないかなあ。コナミの課長は、もうコナミがあんまりな状態だから*1、あそこで働きたいとも思えないです。

 

  じゃあ、今は?

  バックギャモンで世界一になりたいとか、書き物で文学賞を取りたいとか、そういう欲望はあるけれど、これ、夢っていうのかなあ?と首を傾げている状態です。さっき挙げたのって、なんとなく「目標」とか「願望」とか、という言葉の方がしっくり来ちゃって、「夢」って感じじゃないんですよね。今の現実とそれが実現する可能性を考えると、かなり実現する可能性は低いから、そういう意味では夢、あるいは夢想と言ってもいいんだけど、「夢」ってそういうもんじゃないなあ、と感じちゃってるんですよ。

  一言で言い表すのにチャレンジするんだったら「ピュアな現実知らず」とでも言えばいいのかなあ。うん、現実知らずって「夢」を表すのに大事な要素だと思う。ちょっと現実を知ってる人からすれば馬鹿にされるようなことを、臆面もなく本人が言えることを「夢」って言うんだろうな、と。さっきの「バックギャモンで世界一になる」「書き物で文学賞をとる」って、どっちも自分自身ができるってあまり思えて無いんですよね。だから夢っていうのは違うのかな、と。

 

  だから、この質問に答えるんだったら「夢はありません」「バックギャモン世界一、書き物で賞を取りたいって思うけどただの夢想です」だけで済みます。ただ、もう少し書きたいという気持ちもまだあります。

 

 

  40歳になりました。

  若い頃より、ずっと運動しているので、体力が落ちたという感じはしません。

  若い頃より、書き物のスピードは上がりましたが、大喜利の瞬発力は衰えています。

  若い頃から、全くモテず女性に相手にされなかったので、加齢によるディスアドバンテージは全く感じていません。

  若い頃より、現実を知るようになったので、判断のスピードは上がりました。

  若い頃より、現実を知るようになったので、夢を持てなくなりました。

  現実を知ったので、夢はありません。でも、人生はまだ楽しいです。

 

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  玉ねぎが10kg届きました。今年で5年目になります。

  最初は本当にタダのノリでした。腐らせてしまうかも、と思っていましたが、結果使い切ることができました。以来、クックパッドに創作たまねぎレシピを載せたり、玉ねぎゲーム会を開いてみたりと、少しずつやることが広がっていきました。

 

  多分、これから夢を持つことは無いと思います。なんとなく自分自身の器の量がわかってしまったので、それに合った生き方をしていくしか無いなと感じています。反面で、自分の世界の中にあるものに積極的にアプローチしていけば、自分の世界は広がっていくと感じているからです。

 

  僕の世界では、玉ねぎは10kg家に届きます。他の人の家にはあまり届きません。それを、珍しいという人や面白いという人がいます。

  玉ねぎが10kg家に届くのは、僕が作った現実です。

  夢はもう持てませんが、現実を開拓していくのは今でも楽しいです。

 

  今日考えたのは、そんなところです。

*1:子供の頃に遊んでいたゲームのクリエイターの方々が冷遇されていたことを知ったのはショックでした……。

今年はちゃんと振り返りをしたい -4月編-

もう今年も3分の1が過ぎたという事実に唖然としています。

 

townbeginner.hatenablog.com

 

4月は、

4月:戦車(逆位置) -限界を感じる・コントロールできない状況・不甲斐なさ・苦闘- 

  まあ、苦闘はしましたね。会社が移転したんですが、ジムの設備が以前の場所より悪くなってる&高いで明らかにジムに行くモチベーションが下がってます。コレ書いている今は、プールを使うとか続けるためのアイデアを出していますが、年会費払い終わったら解約して近所のジムに行くことも真剣に検討しています。

  ただ、限界を感じるとかコントロールできない状況、というのはそれほどピンときていないです。仕事だと、初動が遅れはしたものの仕事の仕組みづくりについて主管としてリーダー巻き込んで取り組み始めたり、遊びでは貸切を主催したりと、少しずつ自分のできることの枠を増やして言っている感はあります。本当にちょっとずつですが。

  先月書いた「書くこと」についても、noteアカウントを開設して試験的に書き物を分けていこうかなと思っています。noteはがっちりしたもの、ブログはそれよりは柔らかめの記事を。引き続きご愛顧いただけますと幸いです。

 

 今月5月は、

5月:皇帝(正位置) -獲得したい目標・実行力・リーダーシップ・繁栄-

 ようやく明るいカードが来ましたね。このカードに恥じないよう生きたいものです。

T-SQUAREと物語を武器にして

 僕は夏休みが大好きだった。

  中学受験で第一志望に受かった喜びは、実際に中学に通ってから一ヶ月ぐらいで消えた。友達を全く作れず学校で孤立した僕は、1人でゲームばかりやる少年になった。元々運動が苦手で、次第に学業も低迷していった僕には学校の居場所は無くなった。同級生がそんな僕を見て、「こいつには何してもいい」と認識するのにさほど時間はいらなかった。学業が振るわないにも関わらずゲームばかりして勉学に励んでいる様子が見えない息子に、両親は雷を落とした。

  どうにかしなければいけない。でもどうすればよいのかわからない。誰かに助けを求めたかったけど、もうその時には、僕は助けを求めるという行為のことを、「ここに弱点ありますよ」と敵に教える自殺行為だと学んでしまっていた。僕は底なし沼にはまり、僕は誰にも頼らず生きていくしか無いのだと暗く薄っすらと学んだ。

  不幸中の幸いで、高校では先生やクラス構成、カリキュラムが変わり底なし沼からは抜け出せた。ただ中高一貫だったので人間関係は変わらず、通学が「お務め」のままだった。高校1年の7月、期末試験をなんとか切り抜けて夏休みに入った。

  もう学校に行かなくていい。僕は夏休みが大好きだった。

 

 

  夏休みのいつもの日。秋葉原のソフマップ店頭で格闘ゲームの試遊を終えた。その日は調子が良くて自分の新記録となる19連勝を達成できた。負けたプレイヤーが悔しいなあと友達とぼやくのを横目で見ながら、1人で黙々と対戦相手を倒していった。いつものことだった。
  帰り路、前から気になってたレンタルCD屋に寄った。面白そうなテクノやゲーム・ミュージックがあれば借りようと思ったからだ。当時はTRFなどの小室サウンド全盛期だったけど、僕は全く興味が持てず、むしろクラスメートが聴いているからという理由で好きじゃないとすら感じていた。

  ゲーム・ミュージックを探すために、邦楽と洋楽の棚を素通りして奥に行った。残念なことにゲーム・ミュージックの棚は狭くめぼしいものは無かった。何か無いかなと隣の棚を探したところ、一つのアルバムが目に入った。

 

 

WAVE

WAVE

  • アーティスト:T-SQUARE
  • Village Records
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 T-SQUARE「WAVE」。

(あれ、確か……)
  記憶を辿り、どこで聴いたのかを思い出した。「来年の修学旅行のテーマ曲を決めよう」というクソどうでもいい学校の企画で、ノミネートされた曲にT-SQUAREの曲があった。他の曲と違い、ボーカルが無いことが新鮮だったからアーティストのタイトルは覚えていた。どんな曲だったかは覚えていなかったけど、確か良かった。そう思ったのかどうかは正直覚えていない。ただ、なんとなくで僕はT-SQUAREのWAVEを借りた。

  帰宅して早速CDプレイヤーにCDをセットして、再生ボタンを押した。

 

 

  再生開始15秒で僕の動きは止まった。オープニングのフェードインからのEWIによるイントロを、僕はただ聴いていた。

  衝撃だった。飲み物を取りに行くとか、エアコンを調整するとか、しばらくそういう日常の動作をすっかり忘れて、ただ再生時間のデジタル表示が変わるのを見ていた。ドラマチックで何かが始まるオープニング曲。曲が始まってから少し時間が経って、やっとそういう形容ができるまでに我に返った。

  実際の時間にしたら1分も無い。でもその時には、今までの世界が全く違って見える、伝説の聖剣を引き抜いたかのような感覚を味わっていた。

  1時間弱でWAVEの曲が全て終わった。僕はすぐにアルバムリピートをつけて再生した。

 

 

  この日から僕はずっとT-SQUAREを聴き続けた。T-SQUAREは聴けば聴くほど耳に馴染んでいった。「Natural」は山岳に住む村人と霊鳥たちの物語。「NEW-S」は夜の摩天楼で人知れず走り抜けて戦う秘密組織の物語。「Impressive」は少し穏やかで賑やかな街中の物語。「Truth」は夕暮れの荒野、丘陵から一気に崖を下っていく遊牧民の物語。そして「WAVE」は暑い夏とジャケットの波の写真もあって、夏の街の物語になった。日差しの強い午後に自転車を全力で漕ぐ、ICE BOXに三ツ矢サイダーを注いでキンキンに冷やしてぐいっと一気に飲む、図書館で本とCDを探す。そういった特になんてことはない日常の1シーンがT-SQUAREとリンクしていき、物語の1シーン1シーンとして心が弾むようなものになっていった。

  将来への明るい展望があれば、そして今自分が歩いているのがその展望への旅路だったら、それは歩いていく原動力になっていく。T-SQUAREを聴くことで、ただ地下の暗い道を、音を鳴らさないように細心の注意を払いながら脱出計画を練る囚人のような生活が、自分は何がしかの物語の主人公で、どこかへ冒険に出かけるための生活だと感じられた。

  T-SQUAREを聴いても、周りの環境自体はあまり変わらなかった。昔から出たかった夏休みの大イベント「高校生クイズ」に出たかったのに、学校に友達がおらず3人1組が作れなくて応募ハガキを出せず、西武球場にも行けなかった。夏休み明けの実力テストは(予想はしていたけど)散々だった。でも、もう外でひどい目に遭ってただ落ち込んで家でゲームをやるだけの生活ではなくなっていた。テストの結果が帰ってきた日、「友達を作るのは無理だけど、勉強は自分が頑張ればなんとかなる」と、T-SQUAREのアルバムを買って机に向った事を覚えている。あの時が初めて自分自身の意志で「体制を立て直して次は頑張る」と決意できた日だった。ここから勉学の成績が持ち直したことは無縁ではないと思う。

 

 

  親や教師がムカつく、納得できないという話を聞く度に「みんないいなあ、同級生は敵じゃなかったんだ。親や教師なんかよりよっぽど同級生が嫌いなのに、自分には反抗期が来てないのか、精神的に幼いのかな」と考えていた。しかし、そうではなかった。学校にも親にも全然期待していないから反抗する気が無く、消しゴムのカスをぶつけてきたり机の上を痰だらけにしたり誰かの悪口しか言わないような同級生が死ぬほど嫌いだけど歯向かう力が無くて黙っていた自分にとって、これは形を変えた反抗期だった。高校一年のこの夏休みの体験は、今まで防衛戦ばかりだった自分にとって、初めて武器を手に入れて、自分ができることや、しっくり来ることは何かを探すという、攻勢に転じた最初の体験だった。

 

 

  この文章を書いている今なら、友達を作るチャンスはまだ残ってるぞとかゲームをやってるだけの自分をそこまで否定しなくていい、面白いのは確かだろ、今のうちに語るための準備をしておけとか、色々アドバイスができる。実際、せっかく大学に入ってT-SQUAREを好きなだけ語れるチャンスができたのに、語るための語彙が全く無かったこと、そもそもコミュニケーションの基本が全くできておらず、結果誰とも仲良くなれなかったという失敗をしている。

  でも多分、このアドバイスは高校時代の僕にはしない方がいい。高校時代の僕はアドバイスを聴いて活かすにはまだ幼くて、しばらく自分勝手に感じたままの通りに聴いて動くしか無かった。T-SQUAREとの出会いは全くの偶然だけど、これは僕の成功体験に他ならない。自分で何か得られる、動けるという感覚を持たせる喜びを味わって欲しいし、それをかき消すようにあれこれ言いたくは無い。

 

 

  「心が動いた体験」と聞かれたら、多くの人は友人や恋人・恩師・親や子供など自分にとって大事な人との物語を語るのだろう。しかし、今書いた物語に、他人は一切出てこない。全て自分の中だけで完結している物語である。 他人から何がしかの影響は受けても、「心が動いた」という言葉が当てはまるような影響があったかと言われると自信がない。だから、自分の人間関係が貧弱なのだろうか、と思い悩んだ。おそらく半分は正解で、あまり人間関係の構築が得意ではなく、影響を受ける・与えるといった機能が不足していて、鎖国状態にも似た状態になっている。ただ、残りの半分は、他者からの影響の受け方・与え方が人とは違う、と考えている。普通の会話は苦手だが、文章ならばなんとかなる。影響の与え方、受け方が時間がかかる。面倒くさいけど、そういう性質に折り合いを少しずつつけて受け入れてやりくりしていくしかない。

  人と違うことは、人と違うこと以上でも以下でもない。人と違うこと、それだけだ。そして、人と違うことから物語は始まる。タロットカードが「愚者(実際には「人と違うことをする人」という意味合いが強い)」から始まるのは、意味がある。そう思う。

  T-SQUAREは僕の人生を物語にしてくれた。その物語は20年以上経ったいまでもまだ続いている。今も、Amazon Echoでライブアルバムの「明日への扉」を聴いている。昔は通常アルバムが好きでライブアルバムは曲順が馴染めなくて好きじゃなかった。だからライブにも行ったことがない。今は、こんな切り口があるのかと新鮮な気持ちで楽しめるようになった。今ならT-SQUAREのライブに行っても楽しめると思う。 

CITY COASTER(DVD付)

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  • アーティスト:T-SQUARE
  • SMM itaku (music)
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    T-SQUAREの新盤が届いた。早速聴いて耳に馴染ませている。

  奇しくもT-SQUAREの結成年は自分の誕生年と同じである。メンバーチェンジは頻繁に行われたものの、リーダーの安藤まさひろ氏は今もまだ健在で曲を作り続けている。もう還暦を過ぎているけど、それでももうしばらくは僕の物語を作る手伝いをしてくれないかと、勝手に親近感を抱きながら思っている。

物語を始めた日

   僕は夏休みが大好きだった。学校に行かなくていいからだ。

 

   中学受験で第一志望に受かった喜びは、実際に中学に通ってから一ヶ月ぐらいで消えた。友達も全く作れず学校で孤立し、1人でゲームに逃避するようになった。次第に肝心の学業も低迷し、運動が苦手だった僕に居場所はなかった。クラスメートがそんな僕を見て、「こいつには何してもいい」と認識するのにさほど時間はいらなかった。学業が振るわないにも関わらず家でゲームばかりして勉学に励んでいる様子が見えない息子に、両親は当然雷を落とした。

  どうにかしなければいけないということはわかっていたけど、どうすればよいのかわからなかった。中学の3年間で、僕は助けを求めるという行為のことを、「ここに弱点ありますよ」と敵に教える自殺行為だと学んでしまった。僕は脚を持ち上げることのできない底なし沼にはまり、1人で生きていくしか無いということを暗く薄っすらと学んだ。

  高校は、先生やクラス構成、カリキュラムが変わったために底なし沼からは抜け出せたけど、中高一貫だったので人間関係はあまり変わらず、通学が「お務め」であることにも変わりはなかった。高校1年の7月、期末試験をなんとか切り抜けて夏休みに入った。学校に通う必要がなくなった。

  僕は夏休みが大好きだった。

 

  夏休みは図書館で星新一や筒井康隆の本を借りて読むか、家でゲームをやるか、秋葉原でゲームをやるかのどれかだった。当時は2D格闘ゲーム全盛期で、秋葉原のソフマップ店頭にはサムライスピリッツやキング・オブ・ファイターズなどのSNKゲームが負け抜け方式で試遊できていた。連勝すればそれだけ長くプレイできるし、ゲームは面白い上にタダ(!)。僕は真夏日に日差しの強い屋外の行列に並ぶのも苦にせず、定期的に通ってプレイし、連勝したり、あるいは1度も勝てずに悔しい思いをしながら時間を過ごした。

  次々と対戦相手を倒し、行列を一周させた。二周目に来た相手を何人か倒したところで、「帰ろうぜ」と負けた相手にプレイヤーが声をかけていたのを見た。20年以上経っても、こんななんでもないシーンをはっきり覚えているのは、その時「俺は友達いないけど、お前らよりサムスピ*1上手いからな」というせめてものプライドを維持したかった気持ちも覚えているからだと、今になって思う。

  次の試合で、僕の牙神幻十郎は敗れて記録は19連勝で止まった。この記録が更新されることはなかった。

 

   19連勝した帰り路に、前から気になってたレンタルCD屋に寄った。面白そうなテクノやゲーム・ミュージックがあれば借りようと思ったからだ。当時はTRFなどの小室サウンド全盛期だったけど、僕は全く興味が持てず、むしろクラスメートが聴いているからという理由で好きじゃないとすら感じていた。

 

  ゲーム・ミュージックを探すために、邦楽と洋楽の棚を素通りして奥に行った。残念なことにゲーム・ミュージックの棚は狭くめぼしいものは無かった。何か無いかなと隣の棚を探したところ、一つのアルバムが目に入った。

WAVE

WAVE

 

 T-SQUARE「WAVE」。

 (あれ、確か……)

  記憶を辿り、どこで聴いたのかを思い出した。「来年の修学旅行のテーマ曲を決めよう」というクソどうでもいい学校の企画で、ノミネートされた曲にT-SQUAREの曲があった。他の曲と違い、ボーカルが無いことが新鮮だったからアーティストのタイトルは覚えていた。

  どんな曲だったかは覚えていなかったけど、確か良かった。そう思ったのかどうかは正直覚えていない。ただ、なんとなくで僕はT-SQUAREのWAVEを借りた。

 

  帰宅して早速CDプレイヤーにCDをセットして、再生ボタンを押した。*2

 

 

  再生開始10秒で僕の動きは止まった。

  オープニングのフェードインからのEWIによるイントロを、僕はただ聴いていた。

  衝撃だった。飲み物を取りに行くとか、エアコンを調整するとか、しばらくそういう日常の動作をすっかり忘れて、ただCDプレイヤーの再生時間を見ていた。ドラマチックで何かが始まるオープニング曲。曲が始まってから少し時間が経って、やっとそういう形容ができるまでに我に返った。

  実際の時間にしたら1分も無い。でもその時には、今までの世界が全く違って見える、伝説の聖剣を引き抜いたかのような感覚を味わっていた。

  1時間弱のアルバム再生が終わり、僕はすぐにアルバムリピートをつけて再生をした。

  曲は聴けば聴くほど耳に馴染んでいった。WAVEは暑い夏とジャケットの波の写真のお陰で、僕にとって夏のイメージになった。日差しの強い午後に自転車を全力で漕ぐ、ICE BOXに三ツ矢サイダーを注いでキンキンに冷やしてぐいっと一気に飲む、図書館で本を探す。どうということもない日々の1シーンが、T-SQUAREがリンクしていき、ある物語の1シーン1シーンとして心が少しずつ弾むようなものになっていった。 

 

  それから僕の生活はすっかり変わった。学校が終わったら図書館で星新一や筒井康隆の本を借りて読むか、家でゲームをやるか、秋葉原でゲームをやるか、CD屋でT-SQUAREのアルバムを眺めて溜めた小遣いで買うか、図書館でT-SQUAREのアルバムを見つけて借りるか、のどれかだ。傍目には何も変わらないように見えるけど(そもそもその当時の僕にそこまで関心を持っていた人間はいない)、僕の生活は間違いなく変わった。ただ地下の暗い道を、音を鳴らさないように細心の注意を払いながら脱出を図る脱走兵のような生活が、自分は何がしかの物語の主人公で、どこかへ冒険に出かけるための生活になった。そう肌で感じられたことと、勉学の成績が持ち直したことは無縁ではないと思う。テストでひどい点を取った時、ただ落ち込んでゲームをやるのではなく、T-SQUAREのアルバムを買って机に向った事を覚えている。多分あの時が初めて自分自身の意志で「体制を立て直して次は頑張る」を思えた日だ。

  T-SQUAREは僕の人生を物語にしてくれた。

Natural」は山岳に住む村人と霊鳥たちの物語。「NEW-S」は夜の摩天楼で人知れず走り抜けて戦う秘密組織の物語。「Impressive」は少し穏やかで賑やかな街中の物語。「Truth」は夕暮れの荒野、丘陵から一気に崖を下っていく遊牧民の物語。世間の話題に全く着いていくつもりが無かったから、「Truth」がF1で世間的に知られている曲だと知ったのはもっと後だったし、むしろ物語に邪魔だとすら思った。

  これらは全部僕の頭にしか無い、アバウトなストーリー、要するにただの妄想である。曲に歌詞が無いので、きっと同じアルバムの同じ曲を聴いても、このストーリーは僕以外にはイメージできないし、わかってもらえない。でも、それでも、僕にとっては、自分のこの生活を様々な豊かな物語にすることができたし、前に進むための原動力になった。

  音楽を勉強しておらず、雑誌を読むなどの基礎知識を全く習得していなかったため、T-SQUAREの良さを誰かと分かち合う方法はわからなかった。大学時代もフュージョン系のサークルに入ったけど全くついていけず辞めた。以来、僕はT-SQUAREをレビューしたり論評することをしていない。T-SQUAREは僕1人だけの頭の中にある物語として未だに続いている。

 

  「心が動いた体験」として、人はどういうことを挙げるのだろう。友人や恋人・恩師・親や子供など自分にとって大事な人との物語を語るのだろうか。

  今書いた物語に、自分以外の他人は一切出てこない。何がしかの影響は受けても、「心が動いた」という言葉が当てはまるような影響があったかと言われると自信がない*3。自分の人間関係が貧弱なのだろうか、と思い悩んだり、影響の受け方がたまたま人とは違うだけだと捉え直しをしている。

  この文章も書いている今も、Amazon EchoからT-SQUAREの「明日への扉」が流れている。T-SQUAREと僕は、あれからずっと僕の物語を作り続けている。

 

CITY COASTER(完全生産限定盤) [Analog]

CITY COASTER(完全生産限定盤) [Analog]

 

   4月にT-SQAUREの新盤が出るので予約購入をした。

   奇しくもT-SQUAREの結成年は僕の生まれ年と同じだ。リーダーの安藤まさひろ氏はもう還暦を過ぎているけど、図々しくももうしばらくは僕の物語を作ってくれないかと願っている。

 

*1:サムライスピリッツ」。ストリートファイターⅡがきっかけでブームとなった格闘ゲームの中でも特に好きだった。初代でタムタム使っていたのに「真・サムライスピリッツ」でいなくなってたのが寂しかった。完全に余談。

*2:本当はYoutubeのリンクを貼ろうとしたけど、公式のが無かったから止めた。T-SQUAREに関しては、非公式のリンクを貼りたくないと思ってしまっている。

*3:悪い意味で心が動いた経験なら、パワハラで鬱になったことがある。しかし長々と書きたくない。

今年はちゃんと振り返りをしたい -3月編-

3月振り返りまーす。

townbeginner.hatenablog.com

3月は恋愛の逆位置。

3月:恋愛(逆位置) -決断することから逃れたい・優柔不断な態度・迷い-

2月の振り返りでこんなことを書きました。

3月はテーマを決める月にします。適宜変えるとは思いますが、何も中心が無いのは決まりが悪いです。ちなみに3月は、

3月:恋愛(逆位置) -決断することから逃れたい・優柔不断な態度・迷い- 

 

テーマがブレブレになりすぎないようにします…。

 優柔不断な態度でなかなか座りが悪かったという自覚はありますが、少しずつテーマは決まってきました。

  • 人を誘うこと
  • 書くこと

 この2つを主軸に進めます。

  いずれも他者に対して何かのアクションを伴うものです((「書くこと」は自分に対してという面もありますが、ここでは誰かに対しての書きものと定義します)。「人を誘うこと」は、かなり苦手なアクションなのですが、いったんテーマにして1年やってみます。「何を」「誰を」は決めていません。おそらく決めないほうが何に対して恐怖を感じているのか、何が意志を沸き立たせる内容なのか、そういったことがクリアになっていくと考えています。

   3月は公私共に4月以降の助走期間でした。間違いなく。

 

ちなみに4月のタロットは、

4月:戦車(逆位置) -限界を感じる・コントロールできない状況・不甲斐なさ・苦闘-

 

うわあ、先行き不安。

自分の調子を整えるための料理

  読みまして。

 

nonoka72.hatenablog.com

 

  記事中に、

「美味しいと思ってもらえるかな」「栄養は大丈夫かな」なんて心配が先走ってしまって、ちょっぴり"義務感"や"プレッシャー"みたいなものが芽生えてしまうのです。 自分の好きなものを自分のために作るご飯とは私の中では全然訳が違う。

お料理のお話 - 前枝野乃加の日記

 とあって、「自分のために作るご飯」と「誰かのために作るご飯」ってやっぱり違うよなあと思いました。キャロルさん*1は義務感やプレッシャーって書いてるけど、加えて作って持ち寄る形式だと「食中毒とか気をつけないと」といった衛生面の要素も加わるので、より注意力を発揮しないといけないなあと。

  誰かのために作る事は全然嫌いではないし、やれるんだったらやったるでーという気にはなるのだけど、気力や集中力を消費するので、しっかりしたものを作ったらMPを大きく消費するような感じです。ちょっと何かを刻むくらいならメラ程度、なめろうとか手間が少しかかる&鮮度に気を付けないといけない料理を1品ならベギラマ、複数料理をコースで振る舞うのはイオナズン。今のところイオラやベギラマあたりが精一杯です。

  一方で、自分のために作る料理は、無条件で自分の好きなもの、かつ今自分が食べたいものです。作り慣れたものならあまり失敗はしないし、初挑戦でも責任を負うのは自分だけなので気楽は気楽です。

 

自分の食べたいものを、自分の好きなタイミングで、自分の良き工程で、自分のために作って、自分で食べる。 なおかつ、生きる為にも必要不可欠な「食べる」ということであるというところが一石二鳥でお得感。 一時期、一人暮らしのご飯は自分よがりすぎて「なんだかこれじゃダメな気がする」と思いたって、綺麗に盛り付けした食卓を写真に撮ってSNSに載せたりもしていたけど、 逆に「なんだかこれじゃ自分のためのご飯じゃない」気がして、あまりやらなくなりました。

お料理のお話 - 前枝野乃加の日記

「 自分でコントロールできる」というのは大事な要素だと思っていて、外食で好きなものを食べるのではなく、自分で作ることに意味があります。外食では実現できない自分の好みの量・好みの味というだけではなく、自分でここまで作った、と言う感覚が大事なのかなと想像しています。最初にゴールをイメージして、そこまでの工程をイメージしてその通りに実施して、多少イレギュラーなことは在るかもしれないけど、だいたいはちゃんと料理ができます。

 

  書いてて思ったのは、

  • ゴールがイメージできてる
  • そこまでの工程が把握できてる
  • イレギュラーなことがあっても対応できる

  というのは、ストレス無く出来る活動どころかストレスを解消する役割すらあるのかなあ、と。人生、大抵の場合見通しが悪いしイレギュラーなことはしょっちゅう、ゴールが変わることすらあります*2。これだけコントロール出来ないことがあるのだから、少しはコントロールできるものがあったっていいじゃないですか。

  早く帰れたときや休日にキッチンで料理を作るのは、コントロールできることを確認しつつ自分の調子をととのえる役目も在るのかなと思いました。キッチンはちょっとしたベースキャンプです。

 

  自分で作る料理であるところの、通称「家メシ」は、僕の場合は大量に作って翌日以降もお弁当に出来たり、朝の忙しい時にすぐに食べられたり、といった類のものが好きです。具だくさんのつけそば or かけうどん、もやしと豚肉の甘酢炒め、鶏肉とニラのオイスターソース炒め、などなど。いけないとは思いつつ、できたてをついつい食べ過ぎちゃうのは、きちんと作れたことのご褒美という面もあるのでしょう。

   今日考えたのはそんなところです。

 

 

f:id:TownBeginner:20180329231558j:image

  家メシの一つ「スープカリー」。

  スープカリーが好きで自宅でも食べたいなあ、と思っていたら「きょうの料理ビギナーズ」で紹介されていたレシピをもとに作ったものです。 キャベツが特徴的。

  長いこと作ってないなあ。久々に作ろうかな。

*1:こちらの方は、人狼TLPTという舞台で蠟燭屋キャロル役の方で、そう呼ぶのがしっくり来ているのでこう呼びます。

*2:こういうコントロール出来ないことを楽しむことができるのは、本当に自分に自信がある人なんだなあと思います。褒めています。

今年はちゃんと振り返りをしたい -2月編-

早くも今年2ヶ月が過ぎました。ちゃんと振り返りをしましょう。

 

townbeginner.hatenablog.com

タロットによると2月は死神の逆位置。

2月:死(逆位置) -グレーゾーンに陥る・無気力や無感動・希望が見いだせない状況-

 不穏なカードでしたが、言うほど無気力や無感動な状態には陥らなかったようには思います。ただ、カードリーディングのサンプルには、

「抜本的な変化の訪れを待ちながらも、変わらないでいることを選ぼうとしているのかもしれません」

 とあり、ぐさっと来ることがありました。人間関係の構築とか暮らしとか仕事とか、基本的なことを見直そうと思っていたのですが、あまり成果が出ない(基礎訓練が習慣として続けられない)月でした。見直すことが目的になって具体的な目標が曖昧なままになってしまっていたのかな、と。

 

思い出しました。

テーマカードは世界の正位置。最後のカードだったらよく分かるのだけど、キーカードとしてはどう読み解けばいいのか、ちょっと困っています。ライフワークや人生の目的を決めるとか、そういう大きな事柄と向き合うべし、あるいは自己を信頼して追求し続ける、ということを意味するのでしょうか。ともあれ、かなり強いキーカードなので、心に留めて生きていきます。 

 これ、多分テーマをちゃんと決めろってことなんじゃないだろうか。

 

3月はテーマを決める月にします。適宜変えるとは思いますが、何も中心が無いのは決まりが悪いです。ちなみに3月は、

 

3月:恋愛(逆位置) -決断することから逃れたい・優柔不断な態度・迷い- 

 

テーマがブレブレになりすぎないようにします…。