今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

T-SQUAREと物語を武器にして

 僕は夏休みが大好きだった。

  中学受験で第一志望に受かった喜びは、実際に中学に通ってから一ヶ月ぐらいで消えた。友達を全く作れず学校で孤立した僕は、1人でゲームばかりやる少年になった。元々運動が苦手で、次第に学業も低迷していった僕には学校の居場所は無くなった。同級生がそんな僕を見て、「こいつには何してもいい」と認識するのにさほど時間はいらなかった。学業が振るわないにも関わらずゲームばかりして勉学に励んでいる様子が見えない息子に、両親は雷を落とした。

  どうにかしなければいけない。でもどうすればよいのかわからない。誰かに助けを求めたかったけど、もうその時には、僕は助けを求めるという行為のことを、「ここに弱点ありますよ」と敵に教える自殺行為だと学んでしまっていた。僕は底なし沼にはまり、僕は誰にも頼らず生きていくしか無いのだと暗く薄っすらと学んだ。

  不幸中の幸いで、高校では先生やクラス構成、カリキュラムが変わり底なし沼からは抜け出せた。ただ中高一貫だったので人間関係は変わらず、通学が「お務め」のままだった。高校1年の7月、期末試験をなんとか切り抜けて夏休みに入った。

  もう学校に行かなくていい。僕は夏休みが大好きだった。

 

 

  夏休みのいつもの日。秋葉原のソフマップ店頭で格闘ゲームの試遊を終えた。その日は調子が良くて自分の新記録となる19連勝を達成できた。負けたプレイヤーが悔しいなあと友達とぼやくのを横目で見ながら、1人で黙々と対戦相手を倒していった。いつものことだった。
  帰り路、前から気になってたレンタルCD屋に寄った。面白そうなテクノやゲーム・ミュージックがあれば借りようと思ったからだ。当時はTRFなどの小室サウンド全盛期だったけど、僕は全く興味が持てず、むしろクラスメートが聴いているからという理由で好きじゃないとすら感じていた。

  ゲーム・ミュージックを探すために、邦楽と洋楽の棚を素通りして奥に行った。残念なことにゲーム・ミュージックの棚は狭くめぼしいものは無かった。何か無いかなと隣の棚を探したところ、一つのアルバムが目に入った。

 

 

WAVE

WAVE

  • アーティスト:T-SQUARE
  • Village Records
Amazon

 

 T-SQUARE「WAVE」。

(あれ、確か……)
  記憶を辿り、どこで聴いたのかを思い出した。「来年の修学旅行のテーマ曲を決めよう」というクソどうでもいい学校の企画で、ノミネートされた曲にT-SQUAREの曲があった。他の曲と違い、ボーカルが無いことが新鮮だったからアーティストのタイトルは覚えていた。どんな曲だったかは覚えていなかったけど、確か良かった。そう思ったのかどうかは正直覚えていない。ただ、なんとなくで僕はT-SQUAREのWAVEを借りた。

  帰宅して早速CDプレイヤーにCDをセットして、再生ボタンを押した。

 

 

  再生開始15秒で僕の動きは止まった。オープニングのフェードインからのEWIによるイントロを、僕はただ聴いていた。

  衝撃だった。飲み物を取りに行くとか、エアコンを調整するとか、しばらくそういう日常の動作をすっかり忘れて、ただ再生時間のデジタル表示が変わるのを見ていた。ドラマチックで何かが始まるオープニング曲。曲が始まってから少し時間が経って、やっとそういう形容ができるまでに我に返った。

  実際の時間にしたら1分も無い。でもその時には、今までの世界が全く違って見える、伝説の聖剣を引き抜いたかのような感覚を味わっていた。

  1時間弱でWAVEの曲が全て終わった。僕はすぐにアルバムリピートをつけて再生した。

 

 

  この日から僕はずっとT-SQUAREを聴き続けた。T-SQUAREは聴けば聴くほど耳に馴染んでいった。「Natural」は山岳に住む村人と霊鳥たちの物語。「NEW-S」は夜の摩天楼で人知れず走り抜けて戦う秘密組織の物語。「Impressive」は少し穏やかで賑やかな街中の物語。「Truth」は夕暮れの荒野、丘陵から一気に崖を下っていく遊牧民の物語。そして「WAVE」は暑い夏とジャケットの波の写真もあって、夏の街の物語になった。日差しの強い午後に自転車を全力で漕ぐ、ICE BOXに三ツ矢サイダーを注いでキンキンに冷やしてぐいっと一気に飲む、図書館で本とCDを探す。そういった特になんてことはない日常の1シーンがT-SQUAREとリンクしていき、物語の1シーン1シーンとして心が弾むようなものになっていった。

  将来への明るい展望があれば、そして今自分が歩いているのがその展望への旅路だったら、それは歩いていく原動力になっていく。T-SQUAREを聴くことで、ただ地下の暗い道を、音を鳴らさないように細心の注意を払いながら脱出計画を練る囚人のような生活が、自分は何がしかの物語の主人公で、どこかへ冒険に出かけるための生活だと感じられた。

  T-SQUAREを聴いても、周りの環境自体はあまり変わらなかった。昔から出たかった夏休みの大イベント「高校生クイズ」に出たかったのに、学校に友達がおらず3人1組が作れなくて応募ハガキを出せず、西武球場にも行けなかった。夏休み明けの実力テストは(予想はしていたけど)散々だった。でも、もう外でひどい目に遭ってただ落ち込んで家でゲームをやるだけの生活ではなくなっていた。テストの結果が帰ってきた日、「友達を作るのは無理だけど、勉強は自分が頑張ればなんとかなる」と、T-SQUAREのアルバムを買って机に向った事を覚えている。あの時が初めて自分自身の意志で「体制を立て直して次は頑張る」と決意できた日だった。ここから勉学の成績が持ち直したことは無縁ではないと思う。

 

 

  親や教師がムカつく、納得できないという話を聞く度に「みんないいなあ、同級生は敵じゃなかったんだ。親や教師なんかよりよっぽど同級生が嫌いなのに、自分には反抗期が来てないのか、精神的に幼いのかな」と考えていた。しかし、そうではなかった。学校にも親にも全然期待していないから反抗する気が無く、消しゴムのカスをぶつけてきたり机の上を痰だらけにしたり誰かの悪口しか言わないような同級生が死ぬほど嫌いだけど歯向かう力が無くて黙っていた自分にとって、これは形を変えた反抗期だった。高校一年のこの夏休みの体験は、今まで防衛戦ばかりだった自分にとって、初めて武器を手に入れて、自分ができることや、しっくり来ることは何かを探すという、攻勢に転じた最初の体験だった。

 

 

  この文章を書いている今なら、友達を作るチャンスはまだ残ってるぞとかゲームをやってるだけの自分をそこまで否定しなくていい、面白いのは確かだろ、今のうちに語るための準備をしておけとか、色々アドバイスができる。実際、せっかく大学に入ってT-SQUAREを好きなだけ語れるチャンスができたのに、語るための語彙が全く無かったこと、そもそもコミュニケーションの基本が全くできておらず、結果誰とも仲良くなれなかったという失敗をしている。

  でも多分、このアドバイスは高校時代の僕にはしない方がいい。高校時代の僕はアドバイスを聴いて活かすにはまだ幼くて、しばらく自分勝手に感じたままの通りに聴いて動くしか無かった。T-SQUAREとの出会いは全くの偶然だけど、これは僕の成功体験に他ならない。自分で何か得られる、動けるという感覚を持たせる喜びを味わって欲しいし、それをかき消すようにあれこれ言いたくは無い。

 

 

  「心が動いた体験」と聞かれたら、多くの人は友人や恋人・恩師・親や子供など自分にとって大事な人との物語を語るのだろう。しかし、今書いた物語に、他人は一切出てこない。全て自分の中だけで完結している物語である。 他人から何がしかの影響は受けても、「心が動いた」という言葉が当てはまるような影響があったかと言われると自信がない。だから、自分の人間関係が貧弱なのだろうか、と思い悩んだ。おそらく半分は正解で、あまり人間関係の構築が得意ではなく、影響を受ける・与えるといった機能が不足していて、鎖国状態にも似た状態になっている。ただ、残りの半分は、他者からの影響の受け方・与え方が人とは違う、と考えている。普通の会話は苦手だが、文章ならばなんとかなる。影響の与え方、受け方が時間がかかる。面倒くさいけど、そういう性質に折り合いを少しずつつけて受け入れてやりくりしていくしかない。

  人と違うことは、人と違うこと以上でも以下でもない。人と違うこと、それだけだ。そして、人と違うことから物語は始まる。タロットカードが「愚者(実際には「人と違うことをする人」という意味合いが強い)」から始まるのは、意味がある。そう思う。

  T-SQUAREは僕の人生を物語にしてくれた。その物語は20年以上経ったいまでもまだ続いている。今も、Amazon Echoでライブアルバムの「明日への扉」を聴いている。昔は通常アルバムが好きでライブアルバムは曲順が馴染めなくて好きじゃなかった。だからライブにも行ったことがない。今は、こんな切り口があるのかと新鮮な気持ちで楽しめるようになった。今ならT-SQUAREのライブに行っても楽しめると思う。 

CITY COASTER(DVD付)

CITY COASTER(DVD付)

  • アーティスト:T-SQUARE
  • SMM itaku (music)
Amazon

    T-SQUAREの新盤が届いた。早速聴いて耳に馴染ませている。

  奇しくもT-SQUAREの結成年は自分の誕生年と同じである。メンバーチェンジは頻繁に行われたものの、リーダーの安藤まさひろ氏は今もまだ健在で曲を作り続けている。もう還暦を過ぎているけど、それでももうしばらくは僕の物語を作る手伝いをしてくれないかと、勝手に親近感を抱きながら思っている。