「NFTの教科書 ビジネス・ブロックチェーン・法律・会計まで デジタルデータが資産になる未来」。
読書会前日、ギリギリに読み終わったのだけれど、正直刺さるところはほとんどなかった。というより、第1章がだるくて読むのがしんどかった。色々なトピックがあったけど、心が一切弾まなかった。それもそのはずで、「〇〇にいくらの値段がついた」「今や市場規模はここまで広がっている」という内容しかなく、一言で言えば「こいつら金の話しかしねぇな」と思った。ユーザーにとって何が新しいのか全くわからず「デジタルデータを所有できるようになる」と言われても「だから何?」と、凄さが全く理解できなかった。
第2章と第3章は、NFTを理解するために必要な内容で、これは良かった。第2章は会計分野こそあまり理解できなかったものの、法律・著作権周りの話は重要であることがよく理解できた。NFTの発展スピードに法整備が追いつかないという問題は今後発生し得るだろう(全くの余談だが、放送大学で著作権法を学んでおいて本当に良かったと思う。同時に、なぜ情報コースの科目に「著作権法」が存在するのか、よくわかった)。
第3章は、アモニカ・ブランズ会長ヤット・シュウ氏が白眉であった。同書から引用する。
今日、ITビジネスで最も価値のあるものは何か。それはいうまでもなくデータです。データがビジネスの最も重要な原材料になっています。しかし現状では、データの所有者や作成者への見返りはごくわずかしかありません。
(中略)
加工方法を知っているプラットフォームが価値をほぼ独占しているのです。この状態は率直に言って非常に不平等であり、解決に取り組むべき世界的な課題ではないでしょうか。
(P.292~P.293)
昨今のIT業界で「これからはデータの時代」だとよく聞くが、その実態は「プラットフォーマーが全てを得るために覇権争いを繰り広げている」だけと言えなくもない。そしてどこが勝とうと、「データを作る人」への見返りはプラットフォーマーが得られる利益に比べればわずかである。そういった状況に異を唱える姿勢は理解できるし、「データの民主化」と言われるのも納得はできた(余談だが、このヤット・シュウ氏が会長を務めるアモニカ・ブランズ社は香港の企業というのはさすがに偶然だよね?)。
インターネット・SNSが「情報の民主化」を進めたように、NFTがデータをオープンにして民主化を進めることができるのであれば、NFTに価値はあるように思う。この点を理解できただけでも、ヤット・シュウ氏の記事を読めてよかった。
そういった経緯もあり、本書は第2章と第3章だけ読めば十分と考えていた。だが読書会では、第1章にリンクするような面白いアイディアが出てきて、刺激になった。
以下、特に読書会で印象に残ったトピック二点。
シェアリングエコノミーはどこへいったの?
例えば車をシェアするカーシェア・シェアハウス。いわゆる「シェアリングエコノミー」は認知も広まってきている。しかし、本書でNFTについては「デジタルデータを所有する」という記述が何回も出てくる。ポイントは所有であると言わんばかりに。
「あれ?シェアリングエコノミーが流行ってるんじゃなかったの?そんなにみんな所有したかったの?結局所有できるんだったらしたいだけ?」と疑問があったのだけど、どうやら読書会にも同じような疑問を抱いていた方が。たとえ話として「フランク・ミューラーの腕時計」を出してくださったおかげで、理解が進んだ。
かつてはフランク・ミュラーの腕時計やポルシェの車などがステータスになっていたが(いや、今もそうなのだけど)、これらは「腕時計・車という実用的な機能」「それを持っているというステークス」という二つの性質を持っていた。それがシェアリングエコノミーとNFTにより、だんだん分離していく可能性は無いだろうか。つまり、
- 実用的・機能的なもの(主に有形資産)は利用したいときだけ利用するシェア
- 自分だけが持っている、他の人は持ってないことにこそ価値があるステータス的なものは所有
と。この場合、「所有」してさえすればいいのだから、有形資産に拘る必要はない。NFTを利用して無形資産を「所有」できれば用は足りるのである。将来はNFTの促進によって、機能とブランド・ステータスが分離されていくのかもしれない。
村上春樹のメモを読みたい読者、みんなの付箋を読みたい作者
現在Kindleでは本の貸し借りや転売ができない。もしNFTによって無形資産を所有できるようになった場合、こういったコンテンツの売り買いは(各種法整備が必要であるという部分は一旦置いといて)できるようになるはずである。
では、そういったコンテンツは「転売」という用途でしか利用できないのだろうか。NFTでは「あらゆるコンテンツ・無形資産が取引の対象になり得る」が、ここにヒントがある。例えば本を売るとき、アンダーラインが引いてあったり書き込みがしてあると売却時にはマイナス査定されてしまう。しかし、無形資産の場合は必ずしもそうはならない。付箋は不要であれば剥がせばいいし、むしろ他の人がどう読んでいるのかを踏まえて理解が深まることもある。付箋情報が価値を生み出すのである。何だったら、自分もさらに書き込みをして転売するという行為を皆が繰り返せば、多くの付箋を貼られた本ができる。
この本は、作者・編集者にしてみれば、読者がどのように著作を読んでいるのかわかり、別の価値が生まれた本になっているのである。また、もし誰が付箋を貼ったのかがNFTで特定できるのであれば、「誰が付箋を貼ったのか」ということ自体も価値になりうるだろう(村上春樹は佐藤優の付箋が貼ってある本は、間違いなく売れる)。
おもちゃが覇権を握る世界
HTMLで作られたホームページは、おもちゃみたいだと馬鹿にされた。スマホアプリは、やっぱりおもちゃみたいだとバカにされた。今、我々はWebサイトを当たり前のように見ているし、スマホアプリだけで動画編集や仕事の一部(大半の可能性すらある)をこなせてしまう。コンピューターは、イノベーションのジレンマが強く働く世界であり、おもちゃが覇権を握る世界である。
NFTにはあまり積極的な興味が無く、本書を読んでもやっぱり食指は動かなかった。しかし、読書会に参加したおかげで俄然NFTへの興味が湧いてきた。まずはNFTのブロックチェーンゲームをプレイしてみることにする。
ただ、ゲームを探してはみたものの、(なんかすぐ飽きそう……)と思ってしまったので、やっぱりやらなそうではある。
浅草お好み焼き「新ちゃん」の月見牛天。
昔は家族でよく通っていたこと思い出した。生地が柔くてうまくひっくり返す自信がなかったので店員さんにひっくり返してもらった。次回は自分でひっくり返したい。