今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

時間旅行 -いつでも僕たちは「いま」を生きていける-

  自宅から最寄りの浅草駅へ自転車を少し早足で漕いだ。隅田川花火大会は終わったけど、街は浴衣を着ている人たちが多い。一番多いのは女の人が3,4人という組み合わせ。次が男女のカップル。そんな人達を横目で見ながら自転車を駐め、銀座線で渋谷まで。浅草駅は始発なので必ず座れるのはありがたかった。ヘッドホンをしてiPhoneをズボンのポケットから取り出した。少し考えて、今日は「時間旅行」を聴くことにした。

  「時間旅行」を聴いていると、未来よりは過去を旅するようなイメージを持てる。その日、僕は時間旅行を聴いて過去に旅立った。 

時間旅行

時間旅行

  • アーティスト:T-SQUARE
  • Village Records
Amazon

 

  気休めに英語の参考書を鞄に入れていたけど、案の定、読んでも蛍光マーカーを引いても頭には全然入ってこなかった。
  地下鉄銀座線なのに何故か渋谷だけは地上に出て、そこからまたひたすら地下に向かって歩くのってバカバカしいなと思いながら、乗り換えのために東急東横線へ歩いていった。渋谷のスクランブル交差点周辺には、上京してきたと思われる家族や夏休みで遊びに来た高校生、カップル、パリピ、よくわからない政治団体、募金の人。色んな人が居るけど、少なくとも誰もぼっちじゃない。だから僕は渋谷が嫌いだ。でも今日の目的地は渋谷じゃないからどうでもいいや、と思いながら東急東横線の急行に飛び乗った。

 

  目的地はみなとみらい駅のパシフィコ横浜。
  今年40周年を迎えるT-SQUAREのコンサート「T-SQUARE 40th anniversary Concert」の会場だ。

  中学高校と学校生活が一つもうまく行かず、燻っていた僕の人生をT-SQUAREは物語にしてくれた。ただの音楽と言ったらそれまでだけど、それでもT-SQUAREを聴いていると自分が何がしかの物語の主人公になれた気がした。将来への明るい展望があれば、そして今自分が歩いているのがその展望への旅路だったら、それは歩いていく原動力になっていくと思った。脱走の機会をうかがう囚人みたいな生活から、T-SQUAREは僕を解放してくれた。
  そのT-SQUAREが、40周年ということで歴代メンバーを揃えてコンサートをやる。行きたいと思う反面、僕は行くことに二の足を踏んでいた。迷った理由は大学受験なのにコンサートに行っている暇はない、からではない。受験に息抜きは絶対に必要だ。理由は3つ。
「周りのノリについていけるかどうか心配」
「アルバムと曲順が違うし、今までイメージしていたノリが壊されてしまうのではないか」
  そして一番大きな理由は、出演者の中にある「足立区立西新井中学校吹奏楽部」という文字だった。

 

  僕は(学校に行かなくていいという一点だけで)夏休みが大好きだったけど、夏のイベントは大嫌いだった。花火大会はどうせ友だちがいないから一人で見てもつまらないし、甲子園は普段立場の弱い生徒とかに威張り散らしてるくせに、ちょっと権力の有る先生やOBとかには外でだけいい面をしておいて陰で悪口ばかり言ってるような野球部の奴らがヒーローとしてちやほやされているようなイベントだ(実際の甲子園球児には会ったこと無いけど、ウチの野球部を見ていたらだいたい想像がつく)。
  でも、そんな奴らでも、野球が上手ければ、女の子にモテる。チヤホヤされる。友達が作れる。誰かに話しかけらてもらえる。何か誘っても嫌な顔をされない。机に突っ伏して寝てる時にいきなり椅子を引かれたりしない。何より、わざわざ机に突っ伏して寝る必要がない。
  甲子園球児たちは、僕が欲しかったものを全部持っていた。そして僕は、西新井中学校吹奏楽部に似たものを感じていた。西新井中学校には別に縁もゆかりもないし、吹奏楽部にも嫌悪感は無かったけど、自分より少し年下の中学生がプロ、それも40周年を迎える大御所のコンサートに参加しているという事実は、僕を気後れさせるのに十分だった。自分が今の人生で何ひとつできていない中で、中学生がT-SQUAREと肩を並べて演奏をしているのを見たら、僕はどう思うのだろう。人生のうまく行っている組とうまく行っていない僕との差が違い過ぎて、打ちのめされた気持ちになるんじゃないだろうか。

  そういうわけで、僕は西新井中学校吹奏楽部を見たくなくて迷っていたけど、結局T-SQUAREの40周年というお祭りの誘惑には勝てず、チケットを買ってパシフィコ横浜の大ホールに向かった。

 

 

  席は2階で、ステージを見下ろすことができた。今回は歴代メンバー18人が出演ということもあり、各パートを複数で演奏するらしい。だからドラムセットが4つもあるのか、と納得した。席に座り入場時に配られたチラシを眺めているうちに、照明が少しずつ暗くなっていった。静かに拍手が響いたので、僕も一緒に拍手をした。開演である。
  舞台の上手と下手から制服を着た中学生が楽器を持って整列を始めた。あれが西新井中学校吹奏楽部か。別に何の変哲もない、ただの中学生だと思った。でも、舞台の上手と下手からぞろぞろと出てきて、総勢50人以上が舞台に立つと少し気圧された。中学生たちがそれぞれ楽器の準備を終えると、指揮者がやってきて会場に一礼をした。もう一度拍手が起こった。僕も慌てて拍手をした。拍手が鳴り止み、指揮者が中学生たちの方を向いて指揮棒を上げた。
  演奏が始まった。T-SQUAREの代表曲「OMENS OF LOVE」だ。

 

  「OMENS OF LOVE」は、アルバム「R・E・S・O・R・T」の原曲はもちろん、「CLASSICS」の大胆にアレンジされたオーケストラ曲、「宝曲」の少し落ち着いたセルフカバー、どれも冒険心を掻き立てる印象を持たせつつ、それぞれの持ち味を活かして演奏している素晴らしい曲だ。そして、いま眼の前で演奏されている「OMENS OF LOVE」もそうだった。サックス、トランペット、ホルン、微妙に違う金管楽器がハーモニーを奏でていて、吹奏楽のアレンジが効いた「OMENS OF LOVE」は聴いていてとても楽しかった。僕はいつの間にか周りに合わせて、曲に合わせて手拍子をしていた。
  演奏が終わり指揮者が礼をしたところで、再び僕は拍手をした。演奏を終えた吹奏楽部と指揮者が舞台から退出した。
  T-SQUAREのメンバーはまだ一人も出ていないのに、僕はすっかり夢中になっていた。

 

  吹奏楽部と交代する形で歴代メンバーが登場した。いよいよだ。生で見る安藤まさひろは、伊東たけしは、マクドナルドのテレビCMやタモリ倶楽部で見た感じの人だった。初期アルバムにはメンバーの写真が載っていなかったので、初期メンバーの顔とかはよくわからなかった(もし載っていたとしても、30年以上経っているからやっぱりわからなかったかもしれないけど)。
照明が瞬いて演奏が始まった。1曲目はデビューアルバムの「Lucky Summer Ready」の1曲目「A Feel Deep Inside」。2曲目はセカンドアルバム「Midnight Lover」から表題曲の「Midnight Lover」。
  どちらも40年近く前の曲だ。初期アルバムはそんなに聴き込んでいなかったから、思い出すのに少し時間がかかったけど、とてもいい曲だと思った。「A Feel Deep Inside」はピアノを弾ませつつドラムが落ち着いたスネアで曲全体を支えていたし、2枚目の「Midnight Lover」は伊東たけしのサックスがより情感的にメロディーを奏でていた。

 

 

  瞬間、T-SQUAREが辿ってきた歴史が見えた。
  そして僕は思い出した。T-SQUAREはずっと僕を支えてくれていた事を。

  大学の推薦が取れず必死に受験勉強していた時、大学デビューに大失敗して一切何も得られずに卒業した時も、新卒で入った企業で残業の嵐だった時も、「Dans Sa Chanbre」はどこへでも行けるような自由な空気をくれたし、「COPACABANA」は静かで柔らかい海中に連れて行って癒やしてくれた。うつが寛解し始めてもう一度働き始めた時も、結婚生活に別れを告げた時も、半年近く休み無しで働いていたのに全然成果が出せずに燃え尽きた時も、「HEARTS」は悲しいことはどうやったって悲しいままだけどそれで良いということを、「待ちぼうけの午後」は所在なく立っているのも悪くないと教えてくれた。

 

  いま、僕は40歳を迎えてパシフィコ横浜の大ホールにいた。
  いま、僕の眼の前で西新井中学校吹奏楽部が、今は別のバンドなどで活躍している元メンバーが、そして安藤正容、伊東たけし、河野啓三、坂東慧の現T-SQUAREメンバーが40年間演奏し続けてきた曲を「いま」の自分たちに乗せて、演奏していた。それは、T-SQUAREがやる音楽とは何かを求めて辿って、ずっと活動を続けてきたT-SQUAREだから演奏できた曲だった。

  僕は、40年間活動を続けてきたT-SQUAREと手拍子をして一体になった。
  40年経ったことによる懐かしさなんて一つもなかった。60歳を越えた安藤正容が、伊東たけしが、これまでを経た「いま」だからこそ、過去を武器にして演奏できる曲があった。

  T-SQUAREが、40年前のデビュー曲から今年のアルバム「City Coaster」まで、一気に駆け抜けていった。最後の曲はライブの定番曲としてお馴染みの(といってもライブで聴くのは初めてだけど)「Japanese Soul Brothers」、そしてアンコールの「Truth」で幕を閉じた。演奏後、舞台上で18人が集まって抱き合い、客席に向かって手を上げた。僕も手を上げて大きく腕を振った。

 

 

時間旅行

時間旅行

  • アーティスト:T-SQUARE
  • Village Records
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  時間旅行が終わった。
  大ホールを出て階段を降りるところで中学生の一団と一緒になった。さっきの吹奏楽部生か、吹奏楽部を応援に来た中学生かはわからなかったけど、きっと彼女たちも、明日からまた部活動で「いま」曲を練習したり、宿題に追われて「いま」苦しんだりするような今年の夏を始めるのだろう。そんな想像を勝手にして、少し楽しくなった。

 

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  帰り道、ハンバーグ屋に寄って晩酌セットを頼んだ。
  10代から大好物だったハンバーグと、20代の僕が嫌がってたビールと、30代で好きになっていったポテトサラダとヒレカツ。全部うまいうまいと言いながら食べられる40代の僕は幸せだった。翌日、胃もたれするような40代の僕じゃなければもっと幸せだったけど、それぐらいならまあいいや、とも思った。
  明日は趣味のバックギャモンをやる日だということを思い出して、鞄からバックギャモンの本を取り出した。洋書だから読むのはスムーズじゃないけど、それでも読み進められるから、昔の英語の勉強は役に立ってるらしい。


  明後日は立秋だけど、「残暑」という言葉が全くしっくりこない暑さは当分続くのだろう。甲子園は大丈夫かと、ちょっと心配しながら残りのビールを呷った。