今日も知らない街を歩く

雑記に近い形でちまちま書いていきます。

20201128 人狼TLPT DEPTH3 贖罪の海を劇場で観た

人狼TLPT DEPTH3 贖罪の海を劇場で観た。 

7th-castle.com

 

  7月に記事にも書いたけど、前回の公演は新型コロウイルス感染者と濃厚接触したキャストがいたということで、全公演が中止になってしまった。

townbeginner.hatenablog.com

  中止になって以降オンラインの代替イベントを企画していたのだけど、4ヶ月経って劇場で行う今回の公演である「DEPTH」は、ある意味このコロナ禍にマッチした公演と言えなくもない。

"MAG-MELL"

先進諸国といくつかの巨大多国籍企業がスポンサーとなって、海底6,000メートルに建造した深海特殊施設である。そこでは、世界でも指折りの科学者たちが人道に悖る研究に手を染めていた。相次ぐ天災や人災によって滅びへの道をたどる人類の運命は、彼らが取り組む亜人種の研究に託されていたのである。

(公演配布冊子より)

  今、現実世界は新型コロナウイルスというパンデミックに見舞われている。つまり、DEPTHの設定がほぼそのまま生かせるのである。実際、現実でマスクなどの対策をしなければいけない状況を逆手に取って、出演者は全員フェイスシールドを着用して舞台に立ち人狼ゲームを戦っていた。飛沫の拡散を完全に防御できるわけでは無いけど、舞台上の防疫対策と演出をリンクさせた良いアイデアだと思うし、キャラクターの中にはフェイスシールドにイラストを描いて個性を出していた。

  昼公演と夜公演(第17ステージ&18ステージ)を観劇した。昼は完全に人狼テイラーに騙されたし、夜は狩人ドリスのおかげでパーフェクトを取れた。

  

  人狼TLPTでは終演後、公演MVPが挨拶をして舞台を締める。昼はメイソン、夜はドリスがそれぞれMVPを取り挨拶をしていたのだけど、演劇をやる人々やエンターテイメントにとって、このコロナは戦いに他ならないのだと聞いてて感じ入ることはあった。前半は劇場にも人がなかなか入らずにしんどかったと、メイソンが話していた。もしこれが新企画など面白さがわからないような実験的な公演だったら、まだ気持ちは持ちようがある。でも、自分たちのやっている人狼TLPTが面白いと心から信じられるし、お客さんにも面白さがちゃんと伝わっていると信じられているのに、お客さんに劇場に足を運んでもらえない状態は、きっと一観客の自分が想像する以上に「しんどい」状況なのだろう。

  例えばオンラインで出来る、観られて楽しめるようなエンターテイメントを創造するのは、もちろん1つの立派な在り方だけど「舞台」という装置を生かして演者&スタッフと観客が作り上げる演劇は、エンターテイメントの立派な一形態であり、オンラインで完全に代替できない何かなのだろう。大学時代、「文学科」の中に演劇専修がある理由がよくわからなかったのだけど、今なら少し理解できる。言葉だけでなく、言葉と人間の身体を組み合わせないと表現できない何かがあるのだ、と。大学時代は随分狭い世界でしか生きられなかったなあ、もっと幅広く学べたなあと改めて頭を抱えてしまった。  

 

  パーフェクトの記念写真が取れたのは嬉しかったけど。残念ながらDEPTHの公演パンフレットは完売してしまっていた。パンフレットが手に入らなかったのは本当に残念だけど、完売するほどの人気があったのは、まあ喜ばしいことだと思うことにする。再入荷しますように。 

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赤坂見附 希須林の坦々麺。

ここの排骨坦々麺が好きなのだけど、あいにく排骨は売り切れだったため、普通の坦々麺を。坦々麺の美味しい店をいくつか知っているけど、みんな違う美味しさで、食べてて楽しい。

【一応ネタバレあり】映画「とんかつDJアゲ太郎」は生焼けだった

  映画「とんかつDJアゲ太郎」を観てきた。 

wwws.warnerbros.co.jp

   もともと原作が大好きで、映画が公開されると聞いて楽しみにしていた。このマンガはDJ・クラブミュージックを題材にしている漫画であり、アニメや映画など、「音楽を聴かせることのできる媒体」ととても相性が良いからである。

 

  しかし、観終わって思うのは「ただただ残念だった」という感想だけである。この映画は、原作のとんかつDJアゲ太郎が好きな人には正直言って薦めることができない。

 

映画が致命的に損ねてしまった原作の魅力

  「とんかつDJアゲ太郎」の原作を知らない人に対して説明するには、この1ページで足りる。 

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 (イーピャオ・小山ゆうじろう「とんかつDJアゲ太郎」(集英社) 第1巻 P.38

  

  主人公の勝又揚太郎が、とんかつ弁当の配達に行ったクラブでDJを観て

とんかつ屋とDJって、同じなのか!?

と叫ぶこの1コマ。「とんかつ屋」「DJ」と、何も関係がないような2つを「アゲる」「皿」「フライヤー」など、言葉が同じという理由だけで強引に繋ぐ一コマである。この漫画は基本的にはギャグ漫画であり、このコマは笑いを取るためのコマだが、同時にこの漫画の根底に流れるコンセプトを表した1コマでもある。事実、(尺の都合でこの映画では触れられていないが)この後のストーリーで、揚太郎の妹の「勝又ころも」も、「ファッションはとんかつみたい」と考えるシーンがある。 

 

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 (イーピャオ・小山ゆうじろう「とんかつDJアゲ太郎」(集英社) 第5巻 P.21

   ファッションの世界がとんかつと同じと気付くころも。

 

  しかし、映画本編ではこのシーンは残念な構成になってしまった。クラブ内で揚太郎の顔がアップになり「とんかつとDJって」と言った後に場面が切り替わる。一回切れてしまうのである。切り替わった後の場面は、揚太郎と友達がたむろしている円山旅館の一室。そこで揚太郎が友人たちに「同じなのか?」と呟くだけである。そこにはパワーがない。その後「何言ってるの?」と友達に返されてそのままシーンが続く。

  「とんかつとDJって同じなのか!?」という原作のギャグの核でありコンセプトの核を表す大事なシーンが、クライマックスでも何でもなくただの「つなぎの一シーン」になり下がっていたのである。

  このシーンを見た瞬間、僕はこの映画が失敗に終わると確信してしまった。

DJ映画かもしれないが「とんかつ」映画では全く無い

  その後のストーリーは、揚太郎が散々なデビューをしてDJオイリーがDJを辞め、そこから揚太郎がリベンジを果たしオイリーも復活、ライバルのDJ屋敷も実力を認め、苑子ちゃんがとんかつを食べに来てハッピーエンド。このストーリー展開自体は、2時間という映画の尺を考えれば問題は無い。2時間で起承転結の展開にするストーリーにするため、原作に無い揚太郎のやらかしと挫折を入れることで起伏を持たせる構成にしたことは理解できる。

  しかし、このストーリーを進めるのであれば、カットしなればならない要素があった。「とんかつ」である。シーンの合間には揚太郎の成長を見守る父親の揚作や、ぬか漬けをうまく作れるようになったなと揚太郎を褒めるシーンがあるが、とんかつの修行をするシーンが少なく、説得力が足りていない。これであれば、DJの部分に注力したほうがもっとスッキリした映画になっただろう。なにより「とんかつ」に焦点を当てる理由が薄い。理由は一つで「とんかつとDJが同じだ」というインパクトのあるメッセージを観客に伝えようとしていないからである。

  DJのシーンは(自分自身はクラブに一度も足を踏み入れたことがない、ということを先に伝えた上で)、音楽でフロアが上がるシーン、特にDJ屋敷がSTAR GUITERをかけて盛り上げ直すシーンなど、観ていて面白いところはあった。しかし、とんかつのシーンでキーポイントとなるシーンは感じられなかった。

  原作は「とんかつとDJが同じ」というメッセージがコアにあったから、とんかつの話もDJの話も楽しめた。しかし、この映画は違う。このメッセージが無いから、DJはわかるけど、とんかつはわからない。 

 

  この映画の公開直前、師匠役のDJオイリー(尾入伊織)役の伊勢谷友介が大麻取締法違反の疑いで逮捕、DJ屋敷役の伊藤健太郎がひき逃げの疑いで逮捕されてしまっている。出演者が二人も逮捕されてしまい、とんかつDJアゲ太郎が公開中止になってしまったらどうしよう、またこれでクラブシーンのイメージが悪くなってしまうのではないかと心配をしていた。しかし結果として、映画は無事に公開された(良かったと思っている)。そして映画を見終わった後に思うのは、クラブシーンへの影響は良くも悪くも無いということである。この映画は、興行的な意味でも作品的な意味でもクラブシーンへ影響を与えるだけの力が無いからである。 

 

翔んで埼玉

翔んで埼玉

  • 発売日: 2019/09/11
  • メディア: Prime Video
 

   実写映画の大成功例、翔んで埼玉。原作のテイストをしっかり守った上で全力でやれば、(一瞬とはいえ)アベンジャーズと互角に戦えるほどのコンテンツになり得る。とんかつDJアゲ太郎は、やり方によってはそういった力を持ち得る作品だったと僕は信じている。だからこの結果が本当に残念で仕方がない。 

 

 原作漫画は、期間限定で1巻は無料で読めるので、是非どうぞ。

マンスリーレポート10月分 -内なる楽しみ・書く楽しみ-

  すっかり振り返りを忘れていました。

 

townbeginner.hatenablog.com

 

10月は、

10月:カップの8・正位置

キーワード:これまで追いかけていたものが意味を失う、価値観が一変する、精神性や冷静が高まる、真の幸福を手に入れる

 でした。

 

  振り返ってみましたが、それほど大きな価値転換と考えられるものは思い当たりませんでした。 「これまで追いかけていたものが意味を失う」は、強いていえばFF14を解約したことぐらいです。しかし、解約した理由は真・女神転生3を当分やるからプレイ時間が取れないだけですし、そもそも解約したのは11月に入ってからです。そこまで強い価値転換かなあ?とあまりピンときていません。

 

  10月はおかげさまで外で遊ぶ機会が多かったのですが、どちらかといえば平日の過ごし方で「精神性や冷静が高まる、真の幸福を手に入れる」が実践できた感覚があります。平日は仕事が終わったらプールなどの運動、運動が終わったら読書かゲーム、という生活でした。学生時代の生活に運動と仕事と家事を加えたような生活でした。特になにか大きなイベントがあったわけではありませんでしたが、これはこれで充実した生活だと感じられたのは新たな発見かもしれません。趣味についての感想や考察を「猫町倶楽部」のように話せたり、このブログのように書けたりる場があることも大きな要因でしょう。あくまでこのブログは自分自身のために書いているのですが、二次的な作用として、読者を想像しながら非同期的にコミュニケーションを取る*1ことで、精神的に安定することもあります。

 

マーダーミステリー「何度だって青い月に火を灯した」をプレイしました。

グループSNE(Group SNE) 何度だって青い月に火を灯した

グループSNE(Group SNE) 何度だって青い月に火を灯した

  • 発売日: 2019/11/29
  • メディア: おもちゃ&ホビー
 

  マーダーミステリーについてはこちらの記事がわかりやすいので解説は譲るとして、 プレイしたキャラクターがバッチリ満点を取れる行動ができた上に、シナリオ上でも重要な行動を自分の意志に従って迷わずできたので満足度が大変高かったです。これまでのマーダーミステリーはシナリオは楽しめたものの、自分のキャラクターの成績はふるわなかったことがほとんどだったので、点数も取れてシナリオにもガッツリ関われたのは初めてでした。

  あまりに嬉しかったこともあり、「何度だって青い月に火を灯した」の二次創作を書いて参加者グループLINEに投げました。4000字程度の二次創作ですが、これを当日に書き上げたのは我ながら驚いています。最近なかなか勢いよく文章を書くことができていなかったのですが、何か感じ入ることがあれば書けるのだなあ。

 

11月のキーワードは、

11月:ワンドの女王・逆位置

キーワード:かたくなな態度によって敵を作る、努力が徒労に終わる、ストレスや不満が溜まる、理解者がいない孤独を感じる

暗雲立ち込めるような内容です。11月は公私ともに区切りの月なので成果はせめて出てほしいのですが。なんにせよ、気に病みすぎないように。

 

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俺のイタリアンjazzのアマトリチャーナ。

二次創作で出したら食べたくなったので*2、書いた翌日食べた。 自爆飯テロ。

  そういえば、一人でゆっくりイタリアンを食べたのは初めてだった気がする。

*1:もちろん、実際に読んでくださる方から感想をいただけるのはとても嬉しいことです。

*2:アマトリチャーナは、「何度だって青い月に火を灯した本編」とは何の関係もありません。念の為。

スパイスが余ってるのでチャイを作った

  最近、チャイをよく作る。

 

  きっかけとなったのは以下の記事。

srdk.rakuten.jp

  これまで特にチャイを積極的に作ったり飲んだりしたことは無かったのだけど、今年なってスパイスカレーを作り出したことで、家にはスパイスがあった。

 

(スパイスカレーを作った時の記事はこちらを参照)

townbeginner.hatenablog.com

 

  冒頭のチャイの作り方の紹介記事では、オーソドックスなしょうが入りチャイの他にカルダモン・シナモンスティック・クローブを入れるスパイシーなチャイの作り方も紹介されていた。

  どのスパイスもすでに持っている。それであれば試しに作っても良いのでは。そう思い、試しに作ってみることにした。

 

  チャイを作るために必要な肝心要の紅茶を購入。チャイは「CTC(Crush, Tear and Curl)製法」という製法で作られた茶葉を用いて作るらしい。

 

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  CTC茶葉というのが初耳で、紅茶専門店で見つかるのか自信が無かったけど、幸いなことに「CTC製法」と明記されていたので迷わず購入。買ったお店は「カレルチャペック紅茶店」。名前は「カレル・チャペック」から来ているのかと思ったら、その通りだった。

 

www.karelcapek.co.jp

 

   ともあれ、無事にCTC製法の紅茶を買うことができたので帰宅して早速作る。 

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  手順に従い、水と茶葉、スパイスとしてカルダモンとシナモンスティック、そしてすりおろしたショウガを入れて火にかける。

 

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  沸騰したら少し火を弱めつつ泡が出るレベルを維持しながら2分程度置く。ここで茶葉とスパイスの風味を出した上で水分を蒸発させるので、とても大事な工程。

 

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   2分経ったら、まず砂糖を入れて溶かしたあと、ゆっくりと牛乳を入れていく。沸騰が収まるので、再び強火にする。

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  強火にしてしばらくすると、再び沸騰が始まる。参考にした記事には「泡がポイント」と書いてあったので素直に従い、泡が消えないように、鍋から吹きこぼれないように火加減を調整しながら3分ほど煮詰める。

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  煮詰めたら火を止めて、茶こしを通してチャイを濾過する。ほのかに甘くスパイシーな香りがする。
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  チャイをカップに注いで一口。シナモンとカルダモンのスパイシーな香り、砂糖の甘味を味わうと、ショウガのピリッとした味わいが口の中に広がる。

 

   身体が温まるのとちょうどよい甘さのおかげか、寒くなる季節にぴったりだと、すっかりハマってしまった。自宅にあるスパイスを活用できるのも大きい。おそらく他のスパイスを入れても面白いので、今後試してみようと思う。スパイスカレーを作るために買ったスパイスがこういった形で活用が広がるとは思わず、得した気分になっている。

  いまはまだ手順に従い素直に作っているだけだが、僕の性格上、そのうち大量にチャイを作ったり、紹介されていたスパイス以外のスパイスを入れる、牛乳以外の乳で作るなど色々試すと思う。上手くいくこと、イマイチなこと、どちらも起こり得ると思うけど、それはそれで遊びのプロセスにも似て、とても楽しみにしている。

マンスリーレポート9月分 -フーコーとの訣別・ワーケーション-

毎月恒例の振り返り。9月はいつも以上にあっという間に過ぎ去ってしまいました。

townbeginner.hatenablog.com

 

9月のタロットは、

9月:ペンタクルの3・正位置
キーワード:熟練度が上がる、名声を得る、上昇志向、評価される、文化芸術面で活躍する、その道で才能発揮する 

  良いカードでしたが、 「当てはまっていたか」というと、あまりピンと来ていません。9月はまあまあ思うところがあったり収穫があったりしたのですが、名声とか評価を得たかと言ったら、特にそういうことはありませんでした。

 

  思うところを書いた記事。

  哲学に関する残滓を振り切って、ちゃんと読みたい本が読めるようになった。

townbeginner.hatenablog.com

 

  Gotoトラベルキャンペーンで東京が除外されたのは悲しいけど、東京のホテルが独自にキャンペーンを実施していたことで、ワーケーションを実施。良い体験でした。

note.com

 

  9月はトピックはあったものの、あっという間に過ぎ去ってしまったなという印象です。運動などいつもの習慣を続けられたことは良いことですが、記録をしないのはよろしくはないなと感じています。

 

10月のタロットは、

10月:カップの8・正位置

キーワード:これまで追いかけていたものが意味を失う、価値観が一変する、精神性や冷静が高まる、真の幸福を手に入れる

  「落ち込んで上がる」という暗示。これを書いている17日はまだそういう兆候はありませんが、どうなることやら。

ミシェル・フーコーと訣別した日

「猫町倶楽部」という読書会がある。

 もともとは名古屋で設立された読書会で、年間で延べ8000人が参加する一大読書会である。月一回のペースで課題本が出され、それを読み終えることが参加条件となっており、ジャンルはビジネス書や社会問題などを取り上げる「アウトプット読書会」、文学作品をテーマにした「文学サロン月曜会」、そして哲学書を扱う「フィロソフィア分科会」などがある。

 

  僕が猫町倶楽部に本格的に参加した理由は、「フィロソフィア分科会」があったからだ。大学で哲学を専攻していたものの、哲学書という哲学書がさっぱり理解できず途中で挫折し、そのまま大学を卒業した。大学へは「研究者になるくらいしか自分の生きる道はない」と半ば強迫的な意気込みで入学していたのこともあり、その時の挫折感はひどく、人生は失敗に終わり後は消化試合のようなもので早々に終わりを告げると思っていた*1

 

  そんな僕にとって「フィロソフィア分科会」というのは、かつて挫折した「哲学」へ挑戦できるトライアルのようなものに見えた。社会人になってからもちょくちょく哲学書を買っては読んでいた(そして難解な本は大体挫折して途中で読むのを止めていた)僕には、とても魅力的だった。

 

  8月と9月のフィロソフィア分科会課題本は、ミシェル・フーコー「監獄の誕生」

監獄の誕生<新装版> : 監視と処罰

監獄の誕生<新装版> : 監視と処罰

 

 

  フーコーについては「現代哲学の分野で名前は聞いたことがある」程度しかなく、その思想内容は全然知らなかった。本一冊に4000円以上かけるのは心理的に躊躇したけど、この際だからと勢いで買ってイベントで申し込んだ。

 

  これを最後に、僕はフーコーに別れを告げることになる。

 

  「監獄の誕生」は400P以上あり難解であることから、全2回(第1部&第2部・第3部&第4部)のイベントとして開催された。勢いで申し込んだのはいいものの、実際に本が届いて読んでみると、「この章の要旨は〇〇である」以上のことが掬い取れず、途方に暮れてしまった。「近代になるに従って刑罰は身体刑から隔離刑へと移行した」「刑罰はかつては祭りだったが、それは死刑囚へではなく民衆が執行者へ文句を言うことも珍しくはなかった」などの「今まで知らなかったこと」をぎりぎり理解できたかな、という程度のあやふやな理解で、これなら要約した入門書・解説書を読んだほうが良かったのではないか、と思いつつ第一回の読書会に参加した。幸いなことに、同じテーブルに刑法を専門で勉強されていた方がいらっしゃったため、「フーコーは第三部からが本番」「第一部と第二部はマニアックで、刑法の基礎を理解していないと理解は困難」など、第三部以降の読書に希望を持ったまま終えることができた。



  第三部と第四部を読む前に、フーコーのガイドブックとなる本を探したところ、意外なところにガイドブックがあった。

  自分の本棚である。

 

フーコー入門 (ちくま新書)

フーコー入門 (ちくま新書)

  • 作者:中山元
  • 発売日: 2013/11/29
  • メディア: Kindle版
 

 

  中山元「フーコー入門」、ミシェル・フーコー「フーコー・ガイドブック」。どちらも何の気無しに本棚を眺めていたら目に入り、びっくりしてしまった。当たり前だが、自分の本棚にある本は、かつて僕が買った本である。フーコーという現代哲学の思想を少し知りたいと思い、たまたま開催されていたフェアなどで買った本だった。おそらく10年近く前のことだと思う。

  もちろん、読んでいなかった。

 

  僕はさらに図書館で、重田園江「ミシェル・フーコー」を借りた。 

 

  僕は第三部以降を読む前に、「フーコー入門」「フーコー・ガイドブック」 「ミシェル・フーコー」の三冊から、「監獄の誕生」に関連する箇所だけをピックアップして読み、フーコーを理解しようと努めた。そのおかげで、フーコーの思想の概要はおぼろげながらも理解できた。ともあれ、これである程度ガイドラインは頭に入っているし、難解極まりない「監獄の誕生」も曲がりなりにも理解することはできるだろう。僕は、どこにも行く予定のない夏季休暇を利用して、第三部と第四部を読み終えた。

 

  やっぱり僕はフーコーを理解できなかった。

 

  もう少し正確に書くと、文章が理解できなかったことに加えて、僕はフーコーに感情が動かなかった。例えばアリストテレスやデカルト・ヒューム・ヘーゲルの思想に触れたときは「そういう思考のプロセスになるの理解できるな」「そうか、確かに自分の今捉えている世界はあやふやなんじゃないか」など、今の自分の立脚点の検証やモノの捉え方など、世界を捉え直すための思考のプロセスが「肌で感じられた」。フーコーには、それが無かった。

  フーコーは規律や権力などをテーマに論じているが、僕にとっては規律や権力・社会構造というのはそれほど「刺さる」テーマではなかったのだと思う。前述の「ミシェル・フーコー」の著者、重田園江氏は中学の体験とフーコーの「規律権力」が同じものであったことが原体験であると語っていたが、だからこそ重田氏にはフーコーが刺さったし、僕には刺さらなかったのだろう(余談だけど、僕の中学校は刑務所のように規律が強いわけではなかったが、中の様子は囚人同士の争いにも似て荒れていたので、「学校は監獄と同じ性質を持つ、規律の場所である」というフーコーの思想は理解できてしまった)。

  僕にとって「思想」とは、頭で理解するものであると同時に「肌」「心」でも理解する必要のある、身体的な対象でもあった。皮肉にも、フーコーを肌や心で理解することができなかったことで、それがよくわかった。

 

  「フーコーは現代哲学を語る上で欠かせない人物」「監獄の誕生は読むべき名著」という意見はおそらく正解だし、否定はできない。現代哲学の研究者はほとんどがこの意見だろう。しかし僕は、監獄の誕生を読み切ったことで「僕はそうは思わなかった」と堂々と言える自信がついた。たとえ支持されなくても、理解が困難で感情が動かず、著作から思考と想像を伸ばすことができない以上、僕にとってはフーコーは「合わない」哲学者である。

  僕は晴れ晴れとした気持ちで「僕はもうフーコーは読まない」と読書会で宣言し、読書会の翌日、「ミシェル・フーコー」を図書館に返した。「監獄の誕生」は書き込みをしてしまったが、関連図書も含めてメルカリに出品した。翌日、「監獄の誕生」が売れたので早速発送手続きをした。
  僕はフーコーと訣別をした。

 

  本を読み切った後に、スッキリとした気持ちで「もう読まない」と感じたのは初めての経験だった。つまらない小説を読み切った後も「もう読まない」と思ったけど、その時は罰ゲームが終わったとか、拍子抜けした虚無に近い気持ちになったりと、スッキリとした気持ちとは対極の感情が渦巻いていた。

  難しくてどうしようもない哲学書に対して、ずっと「もう読まなくていい」と諦めることができず「いつかは読む」という残留思念に近い燻りを抱いていた。今回、「監獄の誕生」を読み切ったことで、この残留思念が解放されて消えた。小説や戯曲は、出来不出来はともかく「まず書き切ることが大事」と聞いたことがあるけど、それと似た理屈で、理解の度合いはともかく「まず本を読み切ることが大事」なのだろうと、今は思う。 

人性論 (中公クラシックス)

人性論 (中公クラシックス)

  • 作者:ヒューム
  • 発売日: 2014/07/11
  • メディア: Kindle版
 

 

ヒューム 希望の懐疑主義―ある社会科学の誕生

ヒューム 希望の懐疑主義―ある社会科学の誕生

  • 作者:坂本達哉
  • 発売日: 2011/10/29
  • メディア: 単行本
 

   読書会で「フーコーは読まない」と宣言した後、本棚にあったヒュームの本をめくり始めた。「人性論」は読んでいてわかったようなわからなかったような内容がずっと続いたため、途中でパタリと止まってしまい、長いこと読んでいない本だった。「希望の懐疑主義」は、ヒュームに興味があるから勢いで買ったものの、忙しさにかまけて全然読んでいなかった。

  ヒュームは「ソフィーの世界」や哲学史の授業で取り上げられていて、その徹底した懐疑主義に驚きつつも*2 、因果律に対して徹底的に疑いを向ける姿勢は鮮烈で「面白い」と感じた。

  僕は今年中に人性論を「読み切る」決意をした(中公クラシックスの文庫だから、正確には人性論の一部だけだけど)。読みきった後の感想はどうなるのかわからないけど、少なくともフーコーの感想とは違うことは間違いない。「まったく理解できない」という感想は抱くかもしれないが、もう一回取っ組み合ってやると感じることは予想できる。

  読書はある意味でプロレスだと思った。作者と読者が取っ組み合って、作者の技を受けて読者が反応を返す。プロレスの面白さはカードによって決まることが少なくない。僕は万能なカードではないけど、せめて好きな哲学者や作家に対しては好カードにはなれるくらいの感想は書きたい。そんなことを思った。

 

  余談だが、読書会では「この本を読むんだったら、入門書とか読んだほうが効率的だった」という意見があった。この意見には一理ある。しかしそれでも、僕は「監獄の誕生」を読み切ってさっぱりわからず途方に暮れた体験は、入門書を読んで理解する体験より価値があると確信している。途方に暮れたおかげで、僕は「フーコーはもう読まない」と堂々と言える。「監獄の誕生」を読み切る体験をしたおかげで、いつのまにか自分の本棚に読んだことのないフーコーの入門書が1冊増えている、という状況をもう作らないで済む。  フーコーに全く歯が立たなかった今となっては「読んで心から感銘を受けて、生涯何回も繰り返して読みたいと思えた」という体験ほどではないけど、「読みきったけどさっぱり意味がわからなかった」という体験も、それはそれで得難い読書体験だったと思うのである。

*1:しかし20年近く経った今でも、今こうやって曲がりなりにも社会の中で生きているのだから、人間は意外としぶとい生物なのだなと思う

*2:「ヒュームは懐疑主義者というわけではない」という評価は知っているが、ソフィーの世界でヒュームを最初に知った時は高校生で、その徹底した疑う姿勢に本当に驚いたので、あえてこう書いている。

【夏休み3日目】バックギャモン名人戦・メンタル不調

  珍しく前日にスプラトゥーン2で夜更かしをしてしまった為、起きたのが12時。久々にぐうたらしてしまったなと思いつつ、身支度を整える。

 

  13時から、バックギャモン名人戦の準決勝「片上大輔 VS 池谷直紀」戦が配信されたので、視聴。

www.youtube.com

  解説は横田一稀プロと景山充人プロ。

  全体的に「この手で何を狙おうとしているのか」「長考ではどんな事を考えているのか」と、プレイヤーの思考を解説することに主眼が置かれた解説だったと思う。特に景山さんの解説は、

「走る、後ろで敵の陣地に捕まっている駒が一気に進んで逃げようとしているわけですけけど~」

   と、バックギャモンの用語をあまり知らない視聴者に対しても理解してもらいたいという姿勢を強く感じ、とても良い解説だと感じた。

  途中から出かける用事があったため、全てをライブで見ることはできなかったのが残念。ベスト4の壁を破り、池谷氏がついに決勝進出。初タイトルをとれるのか、とても楽しみにしている。

backgammon.gr.jp

 

  決勝は10/17(土) 13時から。

 

  今日は夜ふかしをしたせいか、全体的にメンタルが不調だった。イライラしたり、その割には読書や運動など、普段の習慣ができなかったり。睡眠時間自体は足りているはずなので、明らかに夜ふかしの影響と思われる。今日は早めに寝るとともに、二度と夜ふかしはしないことを心に誓った。